福島に残り、被災者と向き合う。被災地の弁護士だからこそできる活動はこれからです

加畑 貴義 先生 (弁護士)

学生時代の夢をあきらめず法曹へ

私は、大学在籍時、法律系のサークルに所属しており、弁護士や検察官、裁判官の先輩に恵まれました。その影響もあり、大学の3年時に司法試験を受験してみようと思い始め、伊藤塾を選びました。大学でも伊藤塾長の講義のよい評判を聞いていて、塾を立ち上げた理念にも共感できたので申し込みを決めました。その年は、伊藤塾が渋谷に初めて開塾した年であり、私は1期生として入塾しました。3年ほど勉強したところで、家業を手伝うことになりいったん試験勉強を中断したのですが、やはり心のどこかで、法曹になる夢をあきらめきれずにいました。そんな折、法科大学院の制度が始まりました。家業が一段落ついていたこともあり、司法試験への情熱が再燃し、京都大学法科大学院に入学しました。
伊藤塾においては基礎を徹底的に教えられ、それは今でも実務に役立っています。弁護士は「判断」と「スピード」で飯を食っていると言われています。実務においては、今まで培ってきた基礎的な知識をもとに、今までの経験をふまえて的確に判断をする必要があります。この基礎的な知識の中心となるのが立法趣旨の理解です。特に、なぜこの法律がつくられたのかということを丁寧に講義されていたため、暗記だけでは対応できない法律家としての武器になりました。

東日本大震災~被災地の弁護士だからこそできること~

私の勤める法テラス福島法律事務所は、いわゆる都市型の公設事務所です。業務は国選刑事事件と民事扶助事件が中心ですが、昨年の東日本大震災以降は、震災対応業務が中心となりました。
東日本大震災が発生した当時、私は事務所におりました。今までに経験したこともない激しい地震に立っていることもできず、事務所の入っているビルの階が潰れてしまうのではないかと思うほどの揺れでした。揺れが一時おさまったので、急いで外に避難すると、事務所の前の国道4号線はとんでもないことになっていました。信号は故障し、道路は破損し、渋滞で全く動かない自動車が道を埋め尽くしている状況でした。福島市内は、電気は止まらなかったのですが、水道が完全に止まってしまい、また市内のガソリンもその日のうちに枯渇しました。さらに追い打ちをかけるように、福島第1原子力発電所の建屋が水素爆発し、市内の放射線量が一気に高まりました。街中の放射線量は、最高毎時24マイクロシーベルトを記録し、市民は被曝の恐怖とも闘いながら生活することを余儀なくされました。福島市内の店は軒並み休業状態になり、外を歩いている人もいなくなり、市内はゴーストタウン状態となりました。
弁護士がどのような信念をもって、どのような公益活動を行っていくべきかこの大震災に直面した際、大いに悩みました。原発爆発直後は、奥様や小さいお子様がおられる先生方は、ご家族を守るためにも福島から避難しないといけない立場にありました。しかし、震災直後の福島では、火事場泥棒等刑事事件が多発しました。弁護士の誰かが福島に残らなければなりませんでした。幸か不幸か独身であった私は、殿(しんがり)を務める役目としては適任であると考え、福島に残りました。
 そして、「まずは避難所へ出向こう」ということで、連日、避難所に足を運びました。避難所だけではなく市役所等の臨時法律相談所にも積極的に出向きました。この活動は現在においても、場所を仮設住宅に換えて、続けています。 
相談内容に関しては、震災直後は、津波で家や財産が流されてしまった、キャッシュカードが流されてしまったのでお金が引き出せない、警戒区域内の賃貸借の契約についてはどうなるか、災害弔慰金受領手続について教えてほしい等、多岐に渡るものでした。相隣関係のトラブルも多く、家の瓦が落ちて隣の家の車に傷をつけたなどという試験問題のようなケースも、何十件も相談がありました。最近は地震や津波関係の相談は落ち着き、原子力発電所事故の損害賠償請求案件が9割以上を占めています。避難費用から、精神的損害に対する慰謝料、警戒区域内に残してきた不動産・動産に対する賠償等、内容も多岐に渡ります。収穫しても売れないので、せっかく作った農作物をそのまま畑に残してある話や家畜の殺処分の話など、いたたまれない話も多いです。
必然的に震災対応の最前線で働くことになりましたが、全国からも多くの弁護士が応援に来てくれて大変力強く感じました。そんな中で私は地域に密着した問題の解決に精力的に動きました。 
その中の一つが、人工透析を受けている避難者の方々の食事問題でした。私たちが訪れた避難所に人工透析の患者の方が集まっていらっしゃったのですが、驚いたのはその食事でした。人工透析患者の方は、塩分、カリウム、リン等の摂取を制限しなくてはなりません。特にカリウムの摂取過多は死につながります。しかし避難所では健常者と同じ食事、すなわちカリウムを多く含む野菜ジュースや、塩分を多く含む牛乳等が提供されていたのです。すぐに災害救助法にもとづき透析食の提供を求める要望書を県の災害対策本部に提出しました。
医療団体やマスコミ、政治家などに働きかけ、一部の透析患者の方にですが、1日2食の透析食を支給することに成功しました。
また、南相馬市における義援金や仮払金を受領したことに基づく生活保護打切問題の解決にも動きました。最終的には、処分取消の審決を勝ち取り、行政の処分の間違いを正すことができました。このような事件は、地元の弁護士だからこそ、精力的に関われた事件であると考えています。
偶然にもこのような、人生でも得難い二度と経験できない出来事を、弁護士として経験しました。このような修羅場において、自分に何ができるかを考え、その上でどのように動かなければならないか、即座に自分で考えて行動するという貴重な体験をしました。このような震災時における法律判断に関しても、実はいままで培ってきた知識を基に、そこに災害時用の法律の知識をカスタマイズして、判断・行動するという基本的な部分は変わっておりません。ここでも伊藤塾で学んだ盤石の基礎というものが、大いに生きていると実感しています。 
将来は、やはり独立して自分の事務所を構えたいと考えております。震災における経験も活かしながら、しっかりとした技量と強い弁護士魂を持った弁護士を育てていきたいと思います。

もう一度夢に向かって

弁護士は本当の意味で人のため地域のための活動ができます。しかもそれがボランティアではなく仕事として報酬をいただくことができます。こんな素晴らしい仕事はほかにはありません。 
また一度司法試験を目指して何らかの理由であきらめた方、今現在本当にやりたいことが見つかっていない方、夢を断ち切ることができない方、もう一度司法試験にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。昨年から始まった予備試験は経済的にも時間的にも負担がなく自分のペースで受験計画が立てられます。私と同じように再び夢をかなえてみませんか。
 
(2012年4月・記)
 
【プロフィール】
慶應義塾大学 卒業
京都大学法科大学院 修了
2007年 新司法試験 合格
2010年1月から法テラス福島法律事務所

■事務所プロフィール
法テラス福島法律事務所
〒960-8131 福島県福島市北五老内町7-5 
イズム37ビル4F ・福島交通バス「年金事務所入口」停留所から徒歩1分
TEL:050-3383-5540
(平日 9:00~17:00、土日及び祝日は業務をおこなっておりません。)
■事務所の特長
法テラスは“全国どこでも法的トラブルを解決するための情報やサービスを受けられる社会の実現”という理念の下に、国民向けの法的支援を行う中心的な機関として設立されました。
法テラスは「司法制度改革」の三本柱のひとつです。
正式名称は「日本司法支援センター」です。
■所属弁護士会
福島県弁護士会