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第12号 難民キャンプでの人生 Life in Refugee CampProgramme: Expert Group Meeting

三浦 純子(東京大学 難民移民ドキュメンテーションセンター学術支援員)

難民キャンプと聞くと、どのような場所を思い浮かべるでしょうか。
砂漠のような広い場所にたくさんのビニールのテントが並ぶようなイメージかも知れません。
難民キャンプでは基本的な衣食住などが与えられますが、本来的には「一時的」な避難場所です。
いつになれば、難民キャンプという場での避難生活が終わるのでしょうか。
当コラムでは昨年秋から、日本が受け入れた再定住難民について考えてきました。
日本が第三国定住プログラムによって受け入れている難民は長い間、難民キャンプで生活をしてきた人々です。
それでは難民キャンプとは一体どのような場所なのでしょうか。
ここでは、現時点で日本が再定住事業の対象としているタイの難民キャンプを例に見ていきたいと思います。
2012 年 12 月現在、タイとミャンマーの国境沿いには難民キャンプと称される場所が9あり、およそ 13 万人が生活しています(出典は TBC; http://theborderconsortium.org/)。
また、ミャンマー国内には7つの国内避難民(IDPs; Internal Displaces Persons)のキャンプがあります。
ミャンマー国内の政府軍とカレン族など少数民族の間での衝突が原因で、1984 年以降に多くのミャンマー難民がタイに流入し始めました。
以来人数が増え続けて、現在の状況に至っています。
20 年以上キャンプで生活している人も少なくありません。
日本へ再定住した難民も 10 年以上キャンプで暮らしていた人々です。

 これらのキャンプはタイの内務省の管理下にあり、出入りの記録も厳重にチェックされます。
筆者が調査でキャンプに訪れた際には、NGO から「キャンプ・パス」を入手しました。
また、タイは難民条約に批准しておらず、難民を認めていないため、正式には難民キャンプ(Refugee Camp)という名称は使われません。
あくまでも一時的な避難場所として認識されているので、 TemporaryShelter といわれており、入口にもそのように表示されています。
何十年も続いているキャンプですが、あくまでも「一時的」な場所なので、キャンプ内の建築物は簡易の材料で建てられています。
コンクリートなどは一切使用できず、竹や葉などが使われます。
政府から要請があった時には、いつでも取り壊せるようにするためです。
これらのキャンプでは、食料配給や教育も行われています。NGOのコンソーシアムである TBC(The BorderConsortium)が食料配給やキャンプ人口について調査しています。
その数は UNHCRが発表するものとは異なり、完全に正式な数は把握されていません。
キャンプ内の学校教育の質は高いといわれており、なかにはミャンマー国内から子どもだけをキャンプに留学させる親もいるそうです。
 
 自国への帰還やタイ国内で生活する可能性が閉ざされている難民が正規にキャンプを脱出する方法はただ一つ、第三国への定住といえるでしょう。
現在までに 6 万人以上の難民が米国やオーストラリア、カナダ等へ移住していきました。
一般的に言えば、キャンプ人口の人数は減っていくはずです。
しかし、多少の増減はあるものの、その数にはほとんど変化がありません。
これについては、国内避難民としてミャンマー側にいる人々に「空き家」情報が伝わっており、それを聞いた難民がタイ側のキャンプに移動してくるからだと説明されることがあります。
最近のミャンマー情勢の変化に伴い、キャンプ内の難民が帰還できる可能性が高まっているのではないかといわれていますが、現実的にはまだまだ難しいようです。
 
 筆者がキャンプを訪れたときには、「難民キャンプ」というより「村」という印象を受けました。
商店街もあり、寺院や教会、学校もあります。
一見すると彼らの生活は成り立っているようです。
しかし、彼らには「移動の自由」がありません。
キャンプ内で生まれ育った子どもたちは学校を卒業したときに、自分の未来が閉ざされていることに気付くのです。
人は何のために生きるのでしょうか。
これらのキャンプでは、人間の安全保障に必要な個人の「尊厳」が脅かされているのです。
ある難民キャンプでは食料配給の方法を変えました。
従来、調理済みの食事が配給されていたところを食材を配給するようにして、受け取った人がそれぞれ調理する形にしたそうです。
ただ「与えられる」ことに人間は生きがいを見いだせないからでしょう。
難民が再定住するということは、キャンプでの「与えられる」生活を終わらせて、そこから勇気を出して飛び出していくということです。
そして、定住先で生きる意味を見いだすのだと思います。
日本が実施する再定住事業は受け入れ人数はまだ少ないものの、難民の新しい未来をつくることに貢献できるという点で非常に価値があることだと思います。
受け入れを決めたなら、日本を選んで来てくれた難民を歓迎し、「与え」すぎず、大切にしていくべきではないでしょうか。
パイロット事業で終わらせることなく、人間の「尊厳」を大事にする正規の制度になるようこの事業を支援していきたいと考えています。


 
伊藤塾塾便り210号/HUMAN SECURITYニュース(第12号 2013年2月発行)より掲載