第11号 難民の再定住プログラム:有識者会議 Resettlement Programme: Expert Group Meeting

三浦 純子(東京大学 難民移民ドキュメンテーションセンター学術支援員)

前回、前々回のコラムにて、タイの難民キャンプからミャンマー難民を受け入れるという日本の再定住プログラムについて、いくつかの課題点を見てきました。
このプログラムはまだ試験期間中ですが、政府のみで制度設計が行われ、また情報開示も十分になされていないという点が指摘されていることを紹介しました。
こうした指摘を受け、政府も改善策を打ち出しています。
当プログラムに関連をもつすべての省庁と、難民を専門にしている実務家や研究者等から意見を聞く「意見交換会」が数回、開催されました。
その後、再定住プログラムの 3 年目を迎えた 2012 年4 月から、難民対策連絡調整会議(内閣に設置)の下に「第三国定住に関する有識者会議」を開催することが発表されました。
政府は有識者会議開催の趣旨として「受け入れ体制の今後の方針を策定するためには、官民が連携して、幅広く総合的な視点から検討を行うことが必要である」としています。
この有識者会議は非公開ですが、議事要旨が内閣官房ホームページ上に公表されています(http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nanmin/index.html)。
構成員を見ると、大学で法律や人類学を専門とする研究者、NGO 職員等の実務家、またジャーナリストや自治体職員などが委員となっています。
これに加え、オブザーバーとして国際移住機関(IOM)、外務省の外郭団体であり難民の研修等を行っているアジア福祉教育財団難民事業本部(RHQ)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)等の職員が毎回の会議に参加します。

 有識者会議はほぼ毎月行われており、会議では政府関係者からプログラムに関して報告がなされます。
年間スケジュールには、再定住プログラムの制度設計にかかる情報共有のほか、再定住難民の定住先視察や自治体、職場、教育機関との意見交換を行うことが計画されています。
それでは「有識者」の会議では一体どのようなことが話し合われているのでしょうか。
具体的な会議の内容として、ここでは受け入れ難民の選考手順と広報活動について取り上げてみます(第2回第三国定住に関する有識者会議)。

 前回のコラムでご紹介したとおり、受け入れの定員枠は年間 30 名であるにもかかわらず、定員が埋まったことはありません。
この原因の1つと考えられる現地での難民に対する広報活動について、タイの難民キャンプを視察した人類学者は「キャンプにおいては日本の生活に関する情報が全くないため、日本での生活がイメージできるようにする必要がある」と指摘しています。
実際、筆者が2011年に調査のため難民キャンプを訪れた際、アメリカと日本の広報活動に、はっきりとした違いが見られました。
アメリカの広報の掲示板には食べ物、スポーツ、学校、公園、街並みなどの大きな写真が並べられ、「アメリカでの生活」がイメージしやすく魅力的に感じられます。
一方、ほぼ同じ場所にあった日本の広報の掲示板にも同じように写真が貼られていましたが、研修や勉強の様子ばかりで固い印象を与えていました。
また、DVDなどの映像を使用した広報活動では、「良い情報」のみが伝えられることが問題となっています。
たしかに、来日した難民からは「聞いた話とちがう」という声が聞かれています。通常、定住先における実際の生活がどのようなものかという不安を感じるのは 当然でしょうから、この点につき有識者会議では、苦労の先に望みがあるといったバランスのとれた情報提供の必要性が指摘されています。

 再定住する候補者の選定方法についてはどうでしょうか。
候補者への面接を行っている、法務省の担当者からの説明によれば、面接では基本的な身分確認、日本社会への適応能力、自立可能性や経歴などを中心に質問するといいます。
これに加えて、面接においては四則演算や時計の読み方も尋ねるようです。
これらは、既に来日している難民の中には、教育を受けたことがないため生活予算の計算などができず、非常に困難な状況に陥っているケースもあるという教訓を踏まえた質問事項だと考えられます。

 日本政府は難民が社会に「適応」し、「自立」するという点を重要視しています。
しかし現実的には、「自立」を促すには難民キャンプの人々は、様々な面から見て非常に脆弱であると指摘されています。
こうした背景から、有識者会議では都市型難民(UrbanRefugee)の受け入れが提案されました。
例えば、マレーシアの都市部にいる「難民」は「不法就労者」とみなされています。彼らは国際的な保護を必要としているが、代替的な措置がありません。
ただ、働くことによって自立しているということはできます。
こうした都市型難民を試験的に受け入れてみるのもひとつの策かもしれません。

 難民キャンプには支援が継続されており、キャンプ外の人々にとっては「守られた」空間です。
国境地域で何十年もミャンマーからの難民や移民を対象に医療活動を続けているメータオクリニックのシンシア・マウン女医も「難民キャンプにも行けない人々がたくさんいる」と繰り返しています。
日本における現制度での選定基準は、「難民キャンプ内の難民、カレン族、家族単位」と非常に狭いものです。
根本的に問題を捉え直して、少し視野を広げて日本の「再定住プログラム」を再考してみるのも重要なことではないでしょうか。


 
伊藤塾塾便り209号/HUMAN SECURITYニュース(第11号 2013年1月発行)より掲載