明日の法律家講座 バックナンバー

明日の法律家講座 東京校第307回

2021年9月11日 実施

司法はこれでいいのか~「司法の危機」時代を生きた経験を踏まえて

講師プロフィール

阪口 徳雄 氏(弁護士、「あさひパートナーズ法律事務所」所属)

長岡隼平氏
大阪府出身。1942年生、現在78歳
1966年 大阪市立大学法学部卒
1968年司法試験合格。1969年研修所入所(23期)1971年罷免
1973年 資格回復、同年東京弁護士会登録。1981年 大阪弁護士会登録
取り扱った主な社会的事件
株主オンズマン事務局長(株主側で株主代表訴訟など多数に関与)
公益通報者支援センター事務局長(内部告発者の支援活動に従事)
内閣官房機密費情報公開弁護団長(長年、内閣官房報償費が公開されなかったが最高裁において官房長官の掴みカネの総額の情報公開請求が一部認容)
政治資金オンズマン共同代表(国会議員の政治とカネを多数を告発)
森友問題の真相解明を求める弁護士・研究者の会の共同代表
政府の公文書のあり方を考える弁護士・研究者の会の共同代表
等、被害者なき事件を訴訟を活用して、真相解明を求める弁護士活動
自称 社会派弁護士

 

梓澤 和幸 氏(弁護士、「東京千代田法律事務所」所属)

長岡隼平氏
1943年、群馬県桐生市の繊維小売商の家に生まれる。一橋大学法学部卒。
戦争中に三歳年上の長兄を失ったこと、それゆえに、父、母が一生かかえた悲しみの深さを知ったことが、反戦平和、人権の尊さを身につける基礎となった。
1971年4月弁護士登録(23期)。
裁判官の良心(憲法76条3項)とは何かを考え続けている。
著書『リーガルマインド―自分の頭で考える方法と精神』リベルタ出版 ほか

 

講師からのメッセージ

<阪口 徳雄 氏>
 50年前の4月に司法修習生を罷免されました。
 終了式において、クラス委員会を代表して、「裁判官の採用拒否された方に10分間、話を聞いて欲しい」と研修所の所長に要望したことで、弁明の機会も付与されず即日罷免されました。その後2年間、全国各地に、裁判所の中で何が起こったのかの訴えに回り、全国の司法反動を許さない大きな運動のおかげで2年後に資格回復されました。
 裁判官任官拒否事件や罷免事件などに遭遇した結果、弁護士になってから司法の民主化、日本の社会の不透明な問題に対する批判活動に積極的に関与することになりました。国会議員の政治とカネの問題があれば、特捜部に法律違反等で告発し、企業の役員が不正な事で、社会に被害を与えていると思えば、株主代表訴訟で責任を追及してきました。マスコミはその時は激しく批判をしますが、時期が過ぎればもう報道しません。最近では、森友、加計などにおいて政権に不都合な「公文書」が廃棄、改ざんされていますが、うやむやにされてしまいます。これらの問題に情報公開請求を活用して、78才の老人ですが、先頭に立って活動しています。
 弁護士は、自分が「正しい」と思うことを法律・訴訟等という武器を使って活動できる「自己満足度、100%に近い」職業の一つと言えます。
 伊藤塾生の方はその職業を目指す一番近いところにいます。ここで勉強できることは恵まれた、滅多にない機会です。
 法律の勉強は面白くなく、司法試験を辞めようと思うことは起こります。私も卒業寸前から勉強した為に、法律の基礎が解らず、辞めようと思い、新聞広告を見て会社に面接に行ったことがありました。その夜に兄から「お前なんか、サラリーマンに向くか」と説教されました。
 苦しい時は誰でも弱気になります。しかし、明けない夜明けはないように、暗闇から明ける時があるのです。それはその暗闇を我慢して苦労した人にのみ与えられるのです。ぜひ頑張って合格して下さい。そして私達の仲間に入って頂き、様々な社会的不条理なことを、法律を使って是正して欲しい。
 
<梓澤 和幸 氏>
 阪口君が罷免されたとき、生きた心地がしなかった。法曹資格が回復されるまでそれは続いた。
 誰が何と言ってもこの体験は胸の奥底から立ち去ることはない。それは人生を貫く一本の糸の出発点となった。
 苦難の真っ只中にある人のところに駆け付けること、その訴えを感じ取る力をもつこと、専門的力量によって人を助け出すこと、良心の力を育てること、この精神は、悔いのない職業人生を送るための礎です。
 受験勉強の最中に出会う、辛く、苦しい出来事こそ、鋼(はがね)に成長する鉄に与えられるハンマーなのかも知れない。
 エピソードを交えて語ってみたいと思います。当日語り合えることを楽しみにしております。