沖縄スタディツアー参加者の声
沖縄スタディツアー文集への寄稿
思い返せば、スタディツアーの3日間、実に様々な感情に見舞われました。涙も、目が腫れるほど流しました。霞んだ視界に映るものは、フィクションでもなければ、「過ぎたこと」でもなく、ともすれば明日は本土でも起きてしまうかもしれない、そんな事ばかりでした。「沖縄は日本の最先端。最先端で起こっていることは、いずれ本土にもやってくる。」伊藤先生のこの言葉を思い出す度に、背筋が寒くなります。
私は1987年に東京に生まれ、ただの一度も戦闘機を目にすることなく、恵まれた環境で育ちました。父は新聞を読みながら、時の政治に関してよく小言を漏らしていましたが、私は日本の政治を自分事とは思えぬまま大人になってしまいました。インターナショナルスクール出身ということも多分に関係していますが、何より、自分のことを何不自由なく育ててくれた「大人たち」が創り上げてきた国であれば、善い国に違いないと無邪気に信じていたからです。つまるところ、私は憲法12条前段(「[…]自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」)を全く理解していなかったのです。
日本の未来は今を生きる私たち国民一人ひとりが創り上げていかなければならない。私たちがこの責務を全うせず、国の行く末を一握りの職業政治家に委ねてしまい、沖縄をまるで捨て駒のように扱い続けていては、直にとんだしっぺ返しを食らうことになる。この3日間で、強くそのように確信しました。
仮に個人旅行で沖縄へ行き、今回のツアーと同様の旅程を組んで各処を訪問していたとしたら、おそらく罪悪感や無力感に駆られ、あまり前向きな気持ちで日常に戻ることはできなかったと思います。しかし、同じ法律を学ぶ仲間、そして実務家の先生方と常に行動を共にしていたおかげで、現実を正面から見つめつつも、どこか冷静な心を保つことができました。特に、ルームメイトとの意見交換は、昂ぶった感情を鎮め、その日学んだことを俯瞰し、次に進む準備をするのに大いに役立ちました。私たちは、ホテルの自室に戻ってから部屋の灯りを消す瞬間まで、絶えず話し合っていました。睡眠不足という代償は払いましたが、何にも代えがたい貴重な時間でした。
憲法を知った者の責任と沖縄の過去と現在を知った者の責任、ダブルの責任を背負って私たち2022年スタディツアー参加者は、数年後、日本の法律家になります。私は、語学が得意なことから、昔から「グローバルに活躍する人材」になることを周囲に期待され、実際、それっぽいキャリアを今まで積んできましたが、個人的成功だけを追い求めるようなセコい弁護士には決してなりたくありません。国民の一員であること、国際社会の一員であることを自覚し、住む場所、学歴や社会的身分、人種、信条、性別等を問わず、全ての同胞と連帯して未来の日本を創り上げていきたいのです。私たち伊藤塾生にはそれができると、昔と同じ無邪気さをもって信じることにします。
最後に、沖縄とは関係がないのですが、是非とも書き残しておきたい、ツアー中のエピソードがあります。司法試験受験生の懇親会でのことです。伊藤塾長の正面の席(言わずもがなですが、憧れの先生の真正面ですから、誰もが本心では座りたいと思っている席です!)がまだ空いていたので、「○○さん、どうぞ座ってください」「いえいえ、私は斜め隣で十分ですから」などと、私たちは互いに譲り合っていました。その和やかな問答の中で、男性受験生の一人が「まぁまぁ、先生の正面は女性の方が良いでしょうから」と発言したところ、間髪入れずに先生が「なぜですか?」と問いかけました。この時、私には居酒屋内の喧騒が一瞬消えたように思えました。答えが返ってこないので、先生は再度「なぜですか?」と問いかけたあと、笑顔を崩さずに、「そういうところからジェンダー問題というのは始まるのですよ。」と静かに諭してくださいました。話はそこで終わり、懇親会が無事始まったのですが、私は心の中でそのシーンを何度も再生し、何度も感動しました。憲法を実践するとは、つまりこういうことではないか?と思ったのです。
念のために書き添えておきたいのですが、先述の男性受験生を責める意図は一切ありません。私自身、10余年の社会人生活の中で、幾度となく同様のシチュエーションに遭遇しながら、ほとんどの場合、見て見ぬ振りをしてきてしまいましたし、他人に対して差別的な態度をとってしまった経験もあります。憲法を実践するということは、合格答案を書けるようになることより、ずっと難しいように思います。社会の現実を憲法の理想に近づけることのできる真の法律家を目指して、今日から益々精進していきたいと思った次第です。
最後になりましたが、素晴らしいツアーを企画してくださった伊藤塾社員の皆様、伊藤塾同窓会の先生方、ビッグホリデーの添乗員さん、歌とジョークの上手なバスガイドさん、現地でお話をお聞かせくださったすべての方々に、心からお礼を申し上げます。