沖縄スタディツアー参加者の声

沖縄で見た夢    

行政書士受験生 Rさん
 
1. ツアーの準備

しおりに書かれていた事前学習の映画の代わりに、島田叡さんについて書かれた本を読みました。それから、今回の旅行を意識すると、情報がどんどん自分に飛び込んでくるようになりました。NHKのNEWSWEBから鹿児島の黒糖作りの動画、「白梅学徒隊」の最後の同窓会の記事に触れ、同じくNHKのラジオ深夜便でロックバンド「紫」、リーダーのジョージ紫さんのお話、戦争平和シリーズ・アンコールで弁護士の大倉忠夫さんのお話を聞きました。振り返ると、行く前に戦争のつらい話を聞いておくことは、沖縄でお話を聞く心構えになり、大変効果的でした。
 

2. ひめゆりの塔・資料館

これまでひめゆりの女性たちのイメージは、「エリ-トのお嬢さん」でした。しかし今回の見学を経て、戦争の前は生き生きと楽しく元気に生活している姿が思い浮かびました。恐らくそれは、一人一人の顔写真とその下にある説明を読んだからだと思います。彼女たちの姿は、今の私たちと全く変わらないと思いました。
 

3. 早朝講義

今回、行政書士合格講座担当の坂本国之講師が参加されて、私はいたく感激しました。そうしたら2日目の朝、坂本先生が夢に出てきてくださいました。一体、どんな夢だったのでしょうか。それは坂本先生の正面で私が講義を受けているというものでした。ネット配信と同じ形で、坂本先生も配信で映し出されている範囲内での「出演」です。この夢は私の勉強が足りてないという暗示でしょうが、ツアー参加者の中で2日目の朝、勉強していたのは、私だけに違いありません。ただし、夢の中ですけど。
 

4. せんべろ

二晩ともよく飲みました。これは日々の訓練の賜物。と言いたいところですが、これが飲酒ではなくて、お勉強でね、実現しないとダメですね。
 

5. 推し憲

このたび「推し憲(おしけん)」という言葉に出会いました。ふだん私は高校生相手に授業をしています。その中で偶然にも、先週から憲法に触れさせる試みを始めました。彼らは公民の授業で憲法を習っていると思うのですが、〇×クイズ1問の正答率は50%欠ける程度です。これからは「推し活」として問題の隣に挿入する画像を自分で撮るなり作りたいと思います。と書こうと思いましたが、このような「箸休め」的な取り扱いはどうかなと。そのうえこの授業では、限られた範囲ですが、民法を教えています。やはり民法をしっかり教えないと。
 

6. 最後に

講師の先生方、実務家の先生方、社員の皆様、大変お世話になりまして、心よりお礼申し上げます。おかげさまでとっても楽しかったです。どうもありがとうございました。
 

 

沖縄スタディツアー参加者の声

沖縄スタディツアーを通じての貴重な経験                  

行政書士受験生 Sさん
 

私が、今回のツアー参加を決めたきっかけは、私自身、長年、厚木基地周辺に住んでおり、かねてより、沖縄における基地の諸問題、例えば、航空機の騒音や米兵関与の事件事故には深い関心を持っていたためです。
ツアー初日、先ず訪れた「ひめゆり平和祈念資料館」では、沖縄戦に看護要員として動員されたひめゆり学徒隊の戦争体験を知り、言葉を失いました。戦争中は、今では考えられない残酷な行為が行われていたことに驚きました。
 
「沖縄平和祈念公園」では、沖縄戦で亡くなられたすべての人々の氏名を刻んだ「平和の礎」に、だれそれの長男や次女など、本名が不明なまま名前が刻まれていることに悲しくなりました。
2日目のコザ街歩きは、ツアーガイドさんの説明がとても分かりやすく、ユーモア満点で、素晴らしかったです。嘉手納基地の門前町ということもあり、外国人をあちこちで見かけました。エイサー体験では、約1時間踊ることになることは予想していませんでした。
 
「不屈館」を訪れて、映画「米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー」のモデルとなった瀬長亀次郎氏の生涯を知り、「沖縄には、すごい人がいたんだなぁ」と感銘を受けました。恥ずかしながら、このツアーに参加するまで、亀次郎さんの存在は知りませんでした。
3日目は、「読谷村役場」で、小橋川さんの「基地の中の村づくり」という講演を聴きました。読谷村における基地返還の歴史は、とても情熱的なお話しで、どんどん引き込まれていきました。その後、実際にチビチリガマを訪れ、そこで集団自決があった話を聴くと、涙が止まらなくなりました。
 
今回の沖縄スタディツアーに参加させて頂き、沖縄の戦争の歴史を現地のガイドさんから聴き、これまで知らなかったストーリーを知ることになりました。また、沖縄での悲惨な戦争の爪痕を目の当たりにし、大変貴重な経験をすることが出来ました。
加えて、ツアーでご一緒させて頂いた、講師や塾生及びスタッフの皆様との一期一会にも感謝致します。ありがとうございました。

 

沖縄スタディツアー参加者の声

平和の礎、沖縄から波のように平和が広がりますように                      

あおばさん
 

1.沖縄の光と闇のコントラスト

沖縄には観光で何度か訪れたことがありますが、全く違う印象を受けました。ガイドさんから「沖縄の歴史を学ぶ。闇にも目を向けてもらうことに感謝します。」という言葉をいただきましたが、感謝なんてとんでもない。自分のこれまでの意識の低さを反省させられました。轟壕の静けさの中で歌ってくださった「ざわわ」の歌声が胸にジーンと響くとともに、重くも感じました。
懇親会でも、りゅーてぃーさんが明るい演奏で迎え入れてくださいましたが、内には悲しさや不条理への憤りを秘めているのでしょう。現在も基地問題は、住民の生活を壊し続けています。
沖縄の底抜けに明るい空と唄声、それとは対照的な深い闇と悲しみ。明るく歌ってくれるほど、そのコントラストがとても切なく感じました。私たちは沖縄の方の強さに支えられ、甘えてしまっている。まずはこの事実を受け止め、もっと学ばなければいけない、と感じました。

 
 

2.広い視野で現在を見る。

沖縄の歴史を学ぶことは、日本の抱える問題、そして解決しなければいけない問題を浮き彫りにします。全ての日本人が学ぶべき、感じるべきことがここにあります。
歴史を真摯に学ぶ伊藤塾ってすごいと思いました。そんな視野の広い法曹界、そして日本の未来を作っていこうという伊藤先生の強い思いと願いを感じ、ますます尊敬の念が深まりました。
現在を生きることは過去につながっていて、それを忘れてはいけない。歴史を踏まえて今、そして未来を見ないといけない、と強く感じました。それは職種に関係なく、全ての日本人に必要なことなのだと思います。
 

 

3.沖縄の事実・現実

現地で聞く残酷な史実。特に衝撃だったのは特攻する少年。そんなに小さな子たちが爆弾を身に付けて体当たりしていたとは知りませんでした。未来ある子どもに何て残酷なのでしょう。子ども(未来)を守れずして何のための戦争なのでしょうか。
運命を分けた二つのガマ。戦地を見てきた人に先導されたガマでは死を選び、通訳ができる人に先導されたガマでは生を選んだ。何がよくて悪いのか、噂や風評に惑わされることなく、自分で判断しないといけない。いろいろな情報が飛び交い、生死を分ける極限状態で、人間らしさを保ちながら、生を全うすることの難しさと大切さを痛感しました。
そして私自身が、沖縄について全く知らなかったことにも改めて驚きました。捨て石にされた沖縄戦の史実や現在に続く問題をもっと知り、広め、考えていかなくては、と思いました。義務教育で学ぶべきことだと思うので、教育現場にも投げかけていきたいです。
 

 

4.本物の政治家

瀬長亀次郎さん、山内徳信さん始め、沖縄のことを一番に考え、強い意志で行動した方々がいたことを知り、とても嬉しくなりました。人として尊敬し、同じ日本人として頼もしく感じました。政治家は民の代弁者でなければいけない。その原点を見ることができました。また、武力ではなく、憲法や法を基に対話を通して交渉を進めていく姿も見習うべきところがあると感じました。外交にとって大事な姿勢であり、現代に通じるものだと思います。
そして、私達一人ひとり、信念をもって、よりよい世界になるよう尽力しなければいけないと感じました。
 

 

5.思いきり楽しむ

歴史の他にも文化的な学びも大いにありました。エイサー体験やマングローブ観察。まさに沖縄を体感することができ、楽しむことができました。自分が見様見真似したエイサー動画では、思い切り笑ってしまいました。参加者の皆さん、先生方も笑顔いっぱいでした。
沖縄の方々の大切にしているもの、そして心意気を感じることができました。
時に、冷静に歴史を見つめ、時に思い切り楽しむ。このメリハリも学びの大切さなのだと思います。
 

 

最後に

平和の礎、沖縄から波のように平和が広がりますように。
また、この学びの機会を作ってくださった伊藤塾に感謝いたします。

 
 

沖縄スタディツアー参加者の声

2022伊藤塾沖縄スタディツアーに参加して

司法試験受験生 O.Kさん
 

私の今回沖縄スタディツアーに参加の目的は、一票の格差のサポーターを探すためであった。
私が一票の格差の裁判に関わるようになってから、実家近くの金沢と、自宅近くの名古屋の2カ所の入廷シーンに出ている。金沢を担当してくれている井上弁護士がその間の2年間の留学に際しては、日比谷パーク法律事務所の弁護士さんが交代で来てくれた。
2022年1月の衆院選の口頭弁論では、1人1票の代表のひとりである久保利弁護士がその歴代4人の弁護士を連れて金沢に来てくれた。それから後の参院選違憲訴訟の一斉提訴で、秋田と松江を新たに担当している様子をテレビ
ニュースで観て、お礼も兼ねて応援に行くことにした。口頭弁論と判決は日程がバラバラなので都合がついた。しかし、国政選挙が行われると、その翌日に全国一斉提訴となる。身は1つであるため、提訴の時に他にプラカードを持ってくれる人がいると良いなと思ったのだ。秋田は1枚、松江は2枚であるが、福岡は5枚もあるのだ!
先の衆院選は、私が住んでいる選挙区の候補者の中に伊藤塾長の元教え子の方がいて、心から信頼して応援した。沖縄辺野古の問題を縁に、福島瑞穂さんが名古屋に来れば顔を出した。先の参院選では私の実家の富山に行くというので、土地勘があるためご一緒し、金沢の遊説にも回った。
金沢は、原告の方が入廷シーンにも参加してくれていて、その方が伊藤塾の塾生で今は合格して行政書士をされているという。
福岡も参加に加えたのだが、以前も沖縄スタディツアーに参加して、ずっと繋がっているお友達がいたからだった。伊藤塾のツアーに行けば、必ず良い出会いがある、体験からも確信していた。
 
ツアー参加の動機はもう1つあった。
野党の党首が沖縄県知事選挙に集結したことを知って、嬉しく思い、時期はずれても心を合わせ沖縄に行きたいと思っていたのだ。
衆院選で伊藤塾長の教え子を応援していた時、その党首がやって来た。私は内輪の感覚でいたので、集まる方に道を譲り挨拶せずにいたら、向こうから挨拶してきた。
名古屋駅に、障害者の国会議員を出した党の党首がやってきて、「戦争が始まってしまった。」の言葉に聞き入っていたら、演説後向こうから名刺を両手で差し出し挨拶された。
直接会い、向こうから挨拶されたことで親近感を持ち、力を合わせることで何か動かせるのではないかとイメージが持つことができ、とても心を強くしたのだ。
 
2022年沖縄スタディツアーで1番印象に残ったのは、本土の盆踊りである、エイサーの体験である。目の前の仕事のこと、たくさんの命、それぞれの人生のストーリー。何事も、つい頭ばかりが先走りがちだが、太鼓やエイサー
音楽のリズムが心を整えてくれるように感じた。ガマのどのガイドさんも優秀なグループだと感動する、高い集中力のグループの一体感がそこにはあった。
一体感といえば、自然の中でマングローブを見て歩き、落ちると双葉が出るタネがとても可愛らしく思えた。高校生の時、父の運転の車の中で、「植物学者は研究すると、その気の遠くなる生殖確率の仕組みから、神学者か哲学者のようになってしまう」というラジオ放送を聴いて笑ってしまったことや、大学の講義で「自然を見てイライラする人はあまりいないですね。」と知的な教授が言った時、1人大笑いしたことを懐かしく思い出した。川にはカヌー教室をしているグループがいて、先には海が見えた。そこにはゆったりとした時間が流れた。
 
もう1つ印象に残ったことは、以前読谷村に来て聞いた小橋川さんのお話で、以前から観葉植物や紅芋で産業が賑わっているが、今はマンゴーで2千万円の売り上げを出す農家さんもいることである。小橋川さんに初めてお話を聞き、その数年後に紅芋タルトが近所のスーパーで売られているのを目の当たりにしたときはしみじみとしたものだが、それ以上に読谷村が経済的に豊かになっていることを知って心が躍るように嬉しく思った。
 
ツアー初日の懇談会では、隣の席のロースクール生が一票の格差の傍聴をしたことがあり、近い将来、裁判にも関わりたいと言ってくれた。すぐに私のツアー目的は達成されてしまったことになる。
同室の方が新聞記者の方だったり、マスコミに勤める社会人の参加者もいて、ふだん一票の格差で感謝と敬意を持って関わっている職種の方にも出会えた。
また、私の娘が看護師になって病院の、特にICUに勤めたせいか、平和祈念資料館やチビチリガマでの母娘の惨事は、より深く悲しみを感じるようになった。
これまで沖縄や福岡など、飛行機で西にしか行ったことがなかったが、先日1票の格差の応援で初めて秋田に行ったことで、飛行機の窓から、これまで慣れ親しんだ高層ビルが立ち並ぶ名古屋駅をこれまでのずっと上空から見ることができた。右手には雲海の上に日本アルプスの尾根と富士山が見えた。早朝のフライトということもあって、後方を振り向くと知多半島は黄金に輝いていた。
お人のために、と思って動いたことが、結局自分を支え、生かしてくれる。
ただ10も満たないようなニュースの入廷シーンにメッセージを持って歩く。本に書いてあったからと信念を持ってやっているものの、時に凄く孤独である。求める違憲無効の判決が出ず、どうして1票の格差の裁判は勝てないのだろうと、スポーツの勝敗を見て涙が流れたこともあった。しかし前回、金沢に行って富山にも寄った時、新高岡駅の新幹線の待合室で福島瑞穂さんとあんなことを話したな、と心があたたかくなったのだ。
 
10年以上も前、全国一斉提訴のニュース映像を観て「わが加賀(金沢)の人が少ない!」と思って参加するようになったサポーター活動は、また今回、伊藤塾沖縄スタディツアーに参加することで出会が広まり、より深まり、そして私を豊かにしてくれた。

 

沖縄スタディツアー参加者の声

沖縄スタディツアーに参加して                               

行政書士受験生 Rさん
 

ツアー参加のきっかけは、自分で計画を立てるのではなく、人さまに連れられていく簡単な旅行がしたいと思ったからです。そのぶん事前学習として亀次郎さんの本を読みました。
今回のツアーのおかげで、亀次郎さんを知ることができました。米軍基地について、帰ってからも考えました。米軍基地を自分の近く(例えば、本土)からなくしても、よその土地で困ってしまう。ゼロサムでは問題解決にならないので、基地縮小について考えなければならないと思いました。さらに現在、防衛費増加について政府で話し合われているので、投票権をもつ成人として、これからはしっかり政治家を選んでいかなければならないと思います。
ツアーには、行政書士試験に受かっている先生方が多くいらっしゃいました。おかげさまで、貴重なご指導を賜ることができました。ツアー中、先生方、伊藤塾スタッフの方々、およびすばらしいガイドさんに厚く御礼申し上げます。どうもありがとうございました。

 

沖縄スタディツアー参加者の声

沖縄スタディツアー文集への寄稿      

司法試験受験生 H.Mさん
 

思い返せば、スタディツアーの3日間、実に様々な感情に見舞われました。涙も、目が腫れるほど流しました。霞んだ視界に映るものは、フィクションでもなければ、「過ぎたこと」でもなく、ともすれば明日は本土でも起きてしまうかもしれない、そんな事ばかりでした。「沖縄は日本の最先端。最先端で起こっていることは、いずれ本土にもやってくる。」伊藤先生のこの言葉を思い出す度に、背筋が寒くなります。
 
私は1987年に東京に生まれ、ただの一度も戦闘機を目にすることなく、恵まれた環境で育ちました。父は新聞を読みながら、時の政治に関してよく小言を漏らしていましたが、私は日本の政治を自分事とは思えぬまま大人になってしまいました。インターナショナルスクール出身ということも多分に関係していますが、何より、自分のことを何不自由なく育ててくれた「大人たち」が創り上げてきた国であれば、善い国に違いないと無邪気に信じていたからです。つまるところ、私は憲法12条前段(「[…]自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」)を全く理解していなかったのです。
 
日本の未来は今を生きる私たち国民一人ひとりが創り上げていかなければならない。私たちがこの責務を全うせず、国の行く末を一握りの職業政治家に委ねてしまい、沖縄をまるで捨て駒のように扱い続けていては、直にとんだしっぺ返しを食らうことになる。この3日間で、強くそのように確信しました。
 
仮に個人旅行で沖縄へ行き、今回のツアーと同様の旅程を組んで各処を訪問していたとしたら、おそらく罪悪感や無力感に駆られ、あまり前向きな気持ちで日常に戻ることはできなかったと思います。しかし、同じ法律を学ぶ仲間、そして実務家の先生方と常に行動を共にしていたおかげで、現実を正面から見つめつつも、どこか冷静な心を保つことができました。特に、ルームメイトとの意見交換は、昂ぶった感情を鎮め、その日学んだことを俯瞰し、次に進む準備をするのに大いに役立ちました。私たちは、ホテルの自室に戻ってから部屋の灯りを消す瞬間まで、絶えず話し合っていました。睡眠不足という代償は払いましたが、何にも代えがたい貴重な時間でした。
 
憲法を知った者の責任と沖縄の過去と現在を知った者の責任、ダブルの責任を背負って私たち2022年スタディツアー参加者は、数年後、日本の法律家になります。私は、語学が得意なことから、昔から「グローバルに活躍する人材」になることを周囲に期待され、実際、それっぽいキャリアを今まで積んできましたが、個人的成功だけを追い求めるようなセコい弁護士には決してなりたくありません。国民の一員であること、国際社会の一員であることを自覚し、住む場所、学歴や社会的身分、人種、信条、性別等を問わず、全ての同胞と連帯して未来の日本を創り上げていきたいのです。私たち伊藤塾生にはそれができると、昔と同じ無邪気さをもって信じることにします。
 
最後に、沖縄とは関係がないのですが、是非とも書き残しておきたい、ツアー中のエピソードがあります。司法試験受験生の懇親会でのことです。伊藤塾長の正面の席(言わずもがなですが、憧れの先生の真正面ですから、誰もが本心では座りたいと思っている席です!)がまだ空いていたので、「○○さん、どうぞ座ってください」「いえいえ、私は斜め隣で十分ですから」などと、私たちは互いに譲り合っていました。その和やかな問答の中で、男性受験生の一人が「まぁまぁ、先生の正面は女性の方が良いでしょうから」と発言したところ、間髪入れずに先生が「なぜですか?」と問いかけました。この時、私には居酒屋内の喧騒が一瞬消えたように思えました。答えが返ってこないので、先生は再度「なぜですか?」と問いかけたあと、笑顔を崩さずに、「そういうところからジェンダー問題というのは始まるのですよ。」と静かに諭してくださいました。話はそこで終わり、懇親会が無事始まったのですが、私は心の中でそのシーンを何度も再生し、何度も感動しました。憲法を実践するとは、つまりこういうことではないか?と思ったのです。
 
念のために書き添えておきたいのですが、先述の男性受験生を責める意図は一切ありません。私自身、10余年の社会人生活の中で、幾度となく同様のシチュエーションに遭遇しながら、ほとんどの場合、見て見ぬ振りをしてきてしまいましたし、他人に対して差別的な態度をとってしまった経験もあります。憲法を実践するということは、合格答案を書けるようになることより、ずっと難しいように思います。社会の現実を憲法の理想に近づけることのできる真の法律家を目指して、今日から益々精進していきたいと思った次第です。
 
最後になりましたが、素晴らしいツアーを企画してくださった伊藤塾社員の皆様、伊藤塾同窓会の先生方、ビッグホリデーの添乗員さん、歌とジョークの上手なバスガイドさん、現地でお話をお聞かせくださったすべての方々に、心からお礼を申し上げます。
 

 

沖縄スタディツアー参加者の声

自らの考察を深める絶好の機会               

司法試験受験生 D.Iさん
 

「自らの考察を深める絶好の機会として、学習のモチベーションの維持や、法科大学院入試のパーソナル・ステートメント作成や面接にも役立つ企画として、毎年多くの受験生が参加されています」
伊藤塾の司法試験入門講座パンフレット2022年版に、スタディツアーについて上記のように記載されていました。その実施趣旨を見て参加しました。
 
スタディツアー初日、雨の予報が晴れになった、ということでした。
この日は、ひめゆりの塔・平和祈念資料館を参拝・見学しました。
初日の夜の懇親会で、島唄ライブを聴きつつ夕食を摂りました。それに加え、近くに座っていた伊藤塾同窓会の弁護士さんから実務の話などを聞き、個人的に質問をすることもできました。この時に聞いたお話は、法科大学院入試のパーソナル・ステートメント作成の際に実際に用いることにしています。
 
2日目に沖縄市でエイサー体験がありました。エイサーの起源は念仏歌だとする説があるそうで、その点で本土の盆踊りと同根のもののようですが、エイサーでは手太鼓を使います。ツアー参加者1人に1つ手太鼓が配布され、練習して1曲を踊り切るという体験ができました。
昼食後には、本場の団体エイサーを見ることができました。何人かの若者が、調和を保ちながら飛び跳ねたりもしつつ、そこに踊りが加わるという、華麗な演舞で、もっと長く見ていたいと思わされました。次、個人で沖縄に行く際は、エイサー鑑賞に行きたいと思います。
 
2日目の夜には、塾長参加の交流会がありました。貸し切りにしたお店で夕食が出され、塾長が各席を回って話をするという形式のもので、参加費は2千円でした。此方は塾長クラスではないので1つ2つ質問をする程度でしたが、同席した塾長クラスの人達は熱心に塾長と話をしていました。交流会でお話した塾生さんやスタッフの方がいい人達でした。
 
3日目に読谷村で講演会があり、講演者の方がそのままガイド役で、集団自決のあったチビチリガマを訪問しました。講演者は地元の役場を定年まで勤めた人だということです。
ハワイ帰りの人がいた壕では、海外での知見を活かして降伏し、住民の方は助かったそうです。一方、大陸帰りの人がいた壕では、日本軍が中国で行った破壊・殺傷行為について知っていたことから、今度は自分たちが被害を受けないように、というので集団自決になったそうです。大陸の戦争と沖縄の集団自決は地続きだ、というのが、講演者の方のお話でした。
戦後の沖縄では、米軍によるレイプ事件が続発したそうです。住民たちで自警団を作り、夜になって、怪しげな米兵がいると笛を吹いて知らせ、集団で事件現場を保持し、警察を呼んで、それで調書を作ったものだけが記録に残っているとのことで、明るみに出ているのは全体の5%程度だろう、ということでした。
幕末、ペリーが黒船で沖縄に来た際に言ったことを、米軍の偉い人に伝えるなどして説得して、軍用地となっていた土地を返してもらい、活用しているそうです。
米軍基地のある場所というのは、旧日本軍が基地を作っていた場所だそうです。
チビチリガマの中に入る、ということはありませんでしたが、ツアー初日には轟壕という、戦時中に住民が避難した洞窟の中に実際に入り、明かりを消して黙祷しました(軍手・運動靴・帽子・ヘッドライトと着替えが必要です)。そこで、ガイドさんから、「泣く赤ん坊を親が殺して、戦後ずっとそのことを引きずっていた」などというお話を聞いたのが、頭の中にフラッシュバックしました。
飛行機の出発時間が迫っていることから、碑文などは、さっと見て移動、という形になりましたが、そこで、「憲法9条の碑は球根の形を表している」などと講演者の方から手短にお話がありました。
 
以上のように、スタディツアーには、大きく分けて3つの内容がありました。
①エイサー体験や、2日目のマングローブ林自然観察(地面の穴からかわいらしい生き物が顔をのぞかせていた)や、3日目の座喜味城址訪問といった、通常の観光でもありえるが、知らないと素通りしてしまうようなコースに参加できました。
②それとは別に、戦争にかかわる場所や資料館を訪問し、現地の方のお話を伺う、という機会がありました。
③また、伊藤塾の同窓会やスタッフの方、塾生の方とお話をする場がありました。

 

沖縄スタディツアー参加者の声

「特別ノ御高配トハ此レナノカ辺野古ヲ埋メル土砂トナル骨」(東京都)中島加略人2021年11月14日朝日新聞朝刊朝日歌壇より

                               
大田 聡

 
第21回法学館沖縄スタディツアーの企画で私が最も期待していた企画は、沖縄戦遺骨収集ボランティア ガマフヤー代表具志堅隆松氏の講演です。米軍との戦いであった沖縄戦で亡くなった方々の遺骨が混ざる土砂を米軍の基地を造成するために埋め立てる土砂として使ってよいのでしょうかとの訴えでした。沖縄戦において亡くなられ遺骨となり人権さえ主張できない方々の声なき声を拾い上げ収集し尊厳を守るろうとする強い思いと情熱に改めて心を強く動かされました。
確かに、人間の尊厳を貶め人道上許されないのではないかと思える事業です。しかし、法的な問題はなく国が事業として行おうとしている現実に関して、法律に携わろうとしている人間としてどう考えるべきなのか、傍観者でよいのか大きな問題提起を突き付けていただいたと思っています。真の法律家・行政官を育成する「伊藤塾」ならではの講演でした。
そして、かつて琉球王国であった沖縄の文化と交易の国としての歴史をたどる企画「首里地区を歩く」は、沖縄戦での鉄の暴風にさらされたことによりほぼ壊滅したため、戦後に、修復された首里城などの遺跡や奇跡的に残った石畳道をガイドの方に解説していただきながらの街歩きも強く印象に残りました。一つの王国であった時代の繁栄と平和で豊かな島あった時期へのロマンに浸りながら、また、一方でそれが戦争で跡形もなく失われた無念さに思いをはせながらウォーキングを楽しみました。沖縄の地政学的な意味でも軍事ではなく、逆にかつてのように平和で豊かな島として青臭い理想主義であるとしても将来的には交易のハブになる場所として繁栄することを考えていくべきではないかと思いました。
さらに、読谷村では、小橋川氏の講演で基地のない沖縄が実現できればどれだけのことが実現できるか大きな希望と勇気を持つことができました。ただ、たぶん私の理解が間違っていると思うのですが、講演後の質問に対し、「欲」による紛争と国家権力による殺し合いだと私が考えている戦争とを同じ次元で話をされたように理解しました。欲による紛争であれば法律による解決ができることが当然の前提となりますが、戦争はそうした解決ができない事態です。紛争と戦争を同じ次元で考えておられるという私の理解が正しいとすれば、それを突き詰めて考えていけば法律による解決を否定することにつながるように感じました。法律家を目指すものとしては、印象に残るやり取りとなりました。
私は、今回のスタディツアーで3度目の参加となります。初めての時は、伊藤塾で行政書士講座の受講をしたことをきっかけに沖縄スタディツアーの存在を知り参加をしました。その初参加の際に本ツアーのビッグボス山本先生に身に余る歓迎をしていただき、それもきっかけの一つとしてお調子者の私は身の程を考えず予備試験の受験勉強を開始したのでした。
正直、間もなく高齢者といわれる私には、想像以上のハードルの高さで音を上げへこたれかけています。定年退職後に悠悠自適でええのに、なんでこんな自己肯定感が全く得られない、ストイックな生活をわざわざせにゃならんのんやと思う日も多々あります。
しかし、今年沖縄が本土復帰50周年ということもあってか、私の祖父の言葉を引用し沖縄の現状に心を寄せる方々による映画の撮影・上映や新聞記事の掲載などが続きました。冒頭に紹介した短歌もこの歌を選ばれた朝日歌壇選者の馬場あき子先生の評に「沖縄戦で自決した大田少将の辞を二句まで掲げた訴え」と解説があります。
こうした映画上映や新聞記事は、私にとって孫のお前が現状から目を背け、頬かむりしてていいのかと突き付けられているようです。沖縄の現状を考えれば、へこたれている場合じゃないぞ!と。そして、もし「大田」の孫として向き合おうとするならば、生まれただけで手にした孫という資格だけではなく、うまく使えば国を相手に戦える資格も合わせて手に入れれば、相乗効果を生み出してより向き合えるはずと考えます。さらに、私の個性を最も生かすことができるとも考えます。
先日行われた宮中歌会始の和歌の選者であり、日本歌人クラブ名誉会長・日経新聞歌壇の選者である三枝昂之先生はその歌集「遅速あり」で、やはり私の祖父の言葉を引用され「「沖縄県民斯ク戦エリ」「リ」は完了にあらず県民は今も戦う」という歌を残されているという記事が数年前に掲載されました。この歌が私への個人的な叱咤激励だったのだと後で笑って言えるような残り人生にしたいと考えています。ハードルは確かに非常に高そうですが、諦めず頑張っていきたいと思います。
 

沖縄スタディツアー参加者の声

沖縄スタディツアーに参加して

                                 
司法試験受験生 高梨 航

 
今回のスタディツアーでは貴重な経験ばかりで、得ることが沢山ありました。
 
HEROというドラマを観て、検察官に憧れた私は、ずっと法律家になりたかったけれど、基本書を読んでも全く理解できないため、自分に法律家は無理だと諦めていました。しかし法律家になりたいという気持ちは何年も心の奥底にあり、ある日もう一度本屋に行き、もっとわかりやすい本はないか探してみようと思い立ちました。試しに伊藤先生の本を立ち読みしてみたら、とてもわかりやすく法律を解説していて衝撃を受けました。伊藤先生のお陰で司法試験を目指す一歩を踏み出すことができました。結果はまだ出ていませんが、その一歩を踏み出せたこと自体が、本当に嬉しかったので、伊藤先生にどうしてもお礼を伝えたかったのです。今回伊藤先生に直接お礼を伝えることができ、とても嬉しかったです。伊藤先生は、沢山いる生徒の中の一人である凡人の私の言葉に謙虚な姿勢で耳を傾けてくださいました。お忙しい中、話を聞いて下さったこと、心から感謝致します。
 
また、轟壕見学の際、現地を案内してくれたガイドさんが、轟壕内で亡くなった『いなみねかずこ』さんのお墓が平和記念公園にあるので、是非見つけて欲しいとおっしゃっていました。しかし、平和記念公園で自由時間が全くなかったため、お墓を見つけることができず、それがとても悔しかったです。
轟壕内で『いなみねかずこ』さんのお話をされていたときのガイドさんは、とても真剣だったと思います。足場が悪く自分が転ぶかもしれないのに、わざわざ「ライトを全部消して想像してください」とおっしゃっていたからです。
この次は、平和記念公園で『いなみねかずこ』さんのお墓を探し出したいと思います。
 
読谷村役場周辺を小橋川さんに案内して頂いた後、小橋川さんによる講演会がありました。小橋川さんから、戦争ではなく、文化や芸術を他国と共有し、対話を得て両国にとってより良い解決策を模索していく、そういう方法を目指すべきというお話がございました。
実際に小橋川さんはその方法で、沖縄の米軍基地を減らすことができたのだからと、実体験に基づくご意見であり、私にはとても説得力がありました。
 
最後に、今回のツアーでは、平和について考えるだけでなく、自分が大事にしている価値観を発見したり、自分とは真逆の意見を聞くことができたり、実際の現場の人の貴重な実体験を聞くことができたり、色々感じることや考えることが多かったです。とても有意義な時間を過ごせました。丁寧に案内して下さった旅行会社の方、常に見守って下さった伊藤塾スタッフの方々、仲良くして下さった塾生の方々、親切にして下さった現地の方々、ホテルの方、熱心に説明して下さったガイドの皆さん、今回のツアー内で関わった全ての方へ、ありがとうございました。

沖縄スタディツアー参加者の声

沖縄スタディツアー感想文

                                   
司法試験受験生  F.Y

 
2020年の正月、コロナ禍と同時に予備試験の勉強を始めました。働きながら、会社のほうも色々とあるなか、一人部屋に籠って週末もどこにも行けず誰とも会えずに勉強をしていました。元々優秀な人間でもないので勉強が思うように進まず、同じように法曹を目指している方はきっと優秀な方なのだろう、そういった方に会って刺激を受けたいという個人的な動機で、沖縄スタディツアーに参加させて頂きました。
 小学生の頃に家族旅行で沖縄に行って戦争の遺構を見学した経験があったのですが、今回自分の意志でツアーに参加させて頂き、改めてリアルな戦争の現場、琉球王朝の歴史の一端を知ることができました。
 参加者の方とお話しさせて頂く中で、みなさんがそれぞれの立場で勉強しているのだと感じました。また、案内してくださった沖縄の方々が、自分たちを法曹の卵として扱っておられる事を感じ、背筋が伸びました。
 暖かい気温の沖縄では、夜でも半袖半ズボンで、首里城の周りをランニングできました。本州に戻り寒い冬の真っただ中ですが、勉強というコースを走りだした以上は立ち止まらずに、出来るだけの事を続けてゴールテープを切りたいと思います。