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1対1億でも戦うことのできる仕事。それが弁護士。

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髙橋知典先生

経歴 神奈川県立秦野曽屋高校卒業
   明治大学法学部卒業
   司法試験合格
   レイ法律事務所入所

とても大きなエネルギーを持つ子供のために

私は、小学生の頃、他の子からいじめのようなことを受け、その時に悲しい思いをした記憶がありました。当時は成績も悪く、ぽっちゃりしていたため運動もできず、自分に対して大変劣等感を感じていました。しかし、中学生になって体格がよくなったせいか、あまり私に対するいじめは無くなりました。そして高校生になった頃、私は自分の中に受けたいじめや、いじめによって悲しい思いをしたことにより抑制された部分があることに気が付きました。そこで私は、私の内にある抑制しているものを取り払ってみることにしました。すると、自分の内側からパワーが溢れ、「自分はこんなに、色々なものを考え、対処できる出来る力」を持っているのに、いじめにあっていたときには力を全然発揮できていなかったんだと感じました。私は、もともと子供のことが大好きで子供の持つ可能性に強い気持ちがあったということもあるのですが、今述べたように、自分自身が抑制され、自分のパワーが発揮できない。もしかしたら世の中で戦争が起きている国でも、子供たちがとても大きなエネルギーを持っているはずだけれど、その子供たちは力を発揮できていないのではないだろうか、そのような子供たちのために何か役に立てないかという思いを持つようになりました。しかし、高校生の私には、結局自分がそのような子供たちのために何ができるかということを思いつきませんでした。もっとも当時、私は、「今その答えが思いつかないのとしても、思いつくような頭と、その時に動き出せるようなお金の余裕と、更には人との繋がりを持っておこう」と考えることができました。そして、その目標に近づくために思いついた職業が、弁護士だったのです。弁護士は、頭をフルに使って、依頼者のためのあらゆる手段を考え、依頼者を除く日本国民全員とさえも戦える、すなわち1対1億でも戦うことのできる仕事であり、また、経済的にもやり方によっては儲かる可能性もあり、さらに、何よりも人と繋がれる職業です。このような理由から、私は、弁護士を目指しました。私が現在多く扱っている子供のいじめ問題の案件でも、学校側にいじめの事実を尋ねると、学校側は「いじめはない」と言ってくることが多いです。そのような場合でも、自分の頭をフル活用し、相手の言い分の矛盾を突き、たとえ相手が何人であろうと、どんな立場であろうと、私たちは法的な知識とこの資格で戦うことが許されている、むしろ求められているのです。こうした取り組みができる点で、自分は価値の高い仕事をしているという感覚でいます。

世の中をより良くするため世界中に学校をつくりたい

弊所の代表が掲げている理念の一つに、子供を「被害者にも加害者にもさせない」というものがあります。私は、就職先の弁護士事務所を探しているとき、この理念に出会いました。上述のように子供のために何かできないかと思っていた私にとって、この理念は、大変心に響きました。そこで私は、弊所の採用面接を受けることにしました。弊所の採用面接で、弊所の代表弁護士に「何がしたい?」と聞かれ、「子供たちを少しでも幸せにしたい。世の中をより良くするために、世界中に学校をつくりたい」と、率直に自分の思いを伝えたところ、「面白いね」「やろうよ」と代表に言っていただきました。私は、ほかの事務所の採用面接も何度か受けたことがあったのですが、ほかの事務所の採用面接で今のような話をすると、採用担当の方から、「法的にいうとどういうことなの?」とか「実際にやるのは何の分野に分類されるの?」と言われてしまっていたのに、弊所の代表は「好きだったらやったらいい」と勧めてくれたのです。これが、私が弊所に入所したきっかけです。
ここで、弊所についての話をさせていただきますが、弊所が扱っている案件は大きく分けて二つあります。一つ目は芸能案件を扱っています。この芸能案件は、私が直接関与しているものではないのですが、芸能人の人権問題などを扱い対処していくものです。
そして、もう一つは私が担当している学校問題の案件です。学校問題の案件とは、具体的に、子供たちがいじめに遭った場合や、退学されそうになった場合、また、学校事故にあったり、先生からの体罰とか、根拠無く成績を落としてしまうとか、そのような差別的な問題があったりした場合に対応しています。また、最近多い案件は、障害をもっているお子さんに対する学校の不適切な対応に対して、その状況を改善してほしいという相談案件です。特に発達障害の場合、普段過ごしている姿をみると、漫画も好きだし、ゲームもやるし、お話も上手だけれども、急に話が通じなくなる時がある。そのようなお子さんに対して、失礼だとか、ふざけているといった感覚を持ち、そのお子さんに対して、壁を感じてしまい、その感覚の違いを無理やり暴力で埋めてしまう先生だとか生徒がいたときに、体罰やいじめの問題、更には学級崩壊の問題に発展してしまうということがあります。そのような場合に関係調整をするといったお仕事を私のほうではやらせていただいております。

その人の問題が何なのか把握し発信していくのもプロの仕事

私自身が学校問題の案件を扱う部門を立ち上げた最初の頃より、圧倒的に今のほうが学校問題の案件数は多くなっています。これは弁護士業界全体に通じて言えると思うのですが、実際、一般の方は、自分が受けているストレスとか、自分が受けているダメージを、弁護士を使って解決できるのかどうかの疑問さえ持つに至らないことが多いのです。お医者さんと一緒で、その人の問題が何なのかを把握することもプロの仕事ですから、私たちから「あなたのこの症状は私たちのところでは改善できますよ」という情報発信をしていかないと、困っている人は自分では判断できないため、相談しに来ること自体が難しいのです。今の時代において大切だと思っているのは、「私たちの事務所ではこれができますよ」という提案をしていく、その提案に対してお客さんが応えてくれる形で「私は困っています」という声が聞こえる。そういった「お客さんが困っていること」に対して、「自分たち弁護士が具体的に出来ること」についての情報の発信をすることで、学校問題の相談件数が増えてきているのかなと思っています。

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不登校の子供が学校に行けた時、家族の方と分かち合う喜びは「やりがい」そのもの。

子供さんが喜んでくれたときとか、前に一歩踏み出してくれたなと感じられたときは凄く嬉しいですね。いじめの問題でとても苦しんでいる子がいるのに、学校側からは「いじめはない」とか、「それは友達同士で遊んでいただけだ」「むしろ本人側に問題がある」といった意見をよく言われることがあるのですが、今の「いじめ」の定義は簡単に言うと「やられて嫌だったらいじめ」なんですね。ですが、本人が嫌がっているのに、「あれはいじめじゃなかった」と繰り返す教育者の方は結構いて、お子さんは「助けを求めても無駄なんだ」「あの先生も裏切るんだ」「大人は助けてくれないんだ」「弱い子がいたら助けてあげましょうというのは嘘だったんだ」という様に絶望していき、不登校という問題に発展していきます。そのときに私たちのほうで、学校と話をしたうえで「先生たちは勘違いをしていたよ」「本当はあなたに対するいじめがあったのに先生たちは間違えてしまったんだよ。」「だから先生はちゃんと謝るね。」「いじめっ子にも指導したよ。」「だからあなたの言っていた事は皆が認めているんだよ。」と伝えると、何をしても学校に行かなかった子供が急に学校に行きだしたりします。お子さんが外に出られた、更には学校に行けた時に、家族の方と分かち合う喜びが私にとって学校問題を扱うやりがいそのものと言えます。

子供ファーストの視点から学校と親御さんの歩み寄りを図る

問題一つ一つを解決していく際、言葉を伝える難しさはいつも感じています。マスコミの方は、よく学校に対して何度も意見をぶつける親御さんのことをモンスターペアレントとか、生徒に対してうまく対処できない先生のことを問題教師とか表現しますが、私が学校問題の案件を見ていく中で思うことは、基本的に彼らは犯罪者ではなく、互いに子供のことを想っているという共通点があって、善良な人が多いのが事実です。ただ善良な人同士で何故あんなに大きな問題になってしまうのかを考えたときに、問題の根幹はコミュニケーション不足であることに気が付きました。そのような問題に直面したときには、法律的視点を前提としながら、お互いのコミュニケーションの架け橋になることを意識します。これができないと、弁護士が入ったとしても、問題がより大きくなるだけだと思います。学校側にも理屈があって、親御さん側にも理屈があって、ただ今回子供が犠牲になっているから、お互いの理屈を共有してから少しずつできることをやっていきましょう、というような、子供を大切にしようという共通点から一歩ずつ歩み寄っていく子供ファーストの作業をすることに、私は集中しています。
学校教育の現場での法律知識は非常に多岐に渡っています。よって対処法も多くあり、そのような知識を先生が知っているだけでも全く状況が変わってきます。とにかくいじめを何とかしてくれと学校側に要求した場合に、一番反応として多いのは「もうやっている」「どうすればいいかわからない」「自分たちで一生懸命頑張っている」という話です。そのよう場合、私が「あなた方はいじめを何とかしなければならない義務があるのですよ。だから頑張りなさい」と言っても、先生方は「頑張っているんだけどな」としか感じないのです。これは話し合いにならないパターンで、回避するためには具体的に「これやりました?」という確認を一つずつしていきます。学校側に確認してみると、「まだやっていない」という反応が返ってきます。その時に、初めて「まだやっていないことがありますね、では、これからはこういうことをやってあげてください。」という提案をします。そうすると学校側は私たちの言葉に耳を傾け、一歩前に進むわけです。学校の先生方も私も、お互いプロですから、プロとして尊重しあい、かつ、相手に対して自分たちが持っている情報を提供してあげる、こういうことを繰り返していくことで、はじめて事件が前に進むのではないかと思います。だから専門的知識がなく、ただいじめの問題として、声高に主張していく、勿論それが必要なタイミングもあるとは思うのですが、それだけでは前に進まないので、その際には専門知識を活用して改善の道を探っていく必要があると思っています。それを弁護士側から提供するような時代になったのではないかと思います。

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必要とされる力は「人権感覚」と「商売感覚」。この二つが揃い初めて弁護士としての活動ができる。

私が弁護士に必要とされる力として大事にしているのは、「人権感覚」と「商売の感覚」だと思っています。人権感覚がないと、そもそも弁護士になって何をやりたいと聞かれたときに答えられなくなってしまうのではないかと思います。私にとっては子供の事件でしたが、何か自分の中で熱くなれるもの、夢中になれるものという意味でこの人権感覚は持っていたほうがいいと思います。ただそれと同時に大事にしてほしいのは商売の感覚です。経済活動なしに私たち弁護士は生きていけませんから、この商売感覚は弁護士であれば誰しもがどこかに持っているアキレス腱だと思います。現に、私の過去お世話になった先生も「会費が払えてはじめて弁護士だ」とおっしゃっていました。私たちの仕事の特長として弁護士会費を払えなければいけないので、そのような意味で私たちは最低限、自分の弁護士会費と生活費をまかなえて初めて弁護士としての活動を続けさせてもらえることになります。最低限それを確保できるだけの商売感覚を持っていないと、どんなに人権的にやりたいことがあっても、それは絵に描いた餅になってしまいます。そうならないためにも大事なのは商売感覚だと思います。
人のために何ができるかという人権感覚を持ちつつ、弁護士を継続的に行っていくためには、商売の感覚で何をすれば自分を活かし人の役に立つことができるのか、それを一生懸命考える必要があるのです。繰り返しになりますが、人権感覚と商売の感覚、この両方が揃い初めて弁護士としての活動ができると私は考えています。

弁護士ができるのにやれていない分野はまだまだたくさんあります。

私が弁護士になったのは、法曹人口を年間3,000人ずつ増やすことを目標としていた、いわゆる「大増員時代」でした。私は、このような大増員時代に弁護士となった者だからこそ、今競争を感じています。私は、そうした競争の中では、基本的には価格を下げる以外のプラスアルファで皆に選んでもらう方法をつくることがとても大切だと考えています。そんな時代だからこそ、やはり自分で新しい分野を確立するべきだと思うのです。もともと大増員時代は、固定しきった市場ではなくて、もっと色々な人にサービスを届けるために、もっと色々な弁護士が必要だろうという理念で作られたと聞いています。その時代に弁護士となった人には、地域や価格での競争を避けるのであれば、新しい分野を開拓することが生き残る必須条件として求められていると思っています。私は法曹人口を増加させるという考え方自体には賛成で、この世の中にはまだまだ弁護士に相談できずに苦しんでいる人、困っている人が本当にたくさんいて、弁護士ができるのに手を出していない、やっていない未開拓の分野はまだまだ沢山あるはずです。法律は社会的な事実や不都合があってはじめて生まれてくるもの、いわば後追い的なものであることが多いことからすると、社会的な事実として、商法とか会社法とか民法とか従前の法体系では解決できない問題が沢山あるわけです。そうした問題を専門的に対処しつつ、多岐にわたる法分野もまとめて扱える弁護士、これが今の時代に必要とされる人の役に立つ弁護士なのではないかなと思います。このような弁護士がいるというのが世の中にとってプラスなのだと思います。今後の弁護士像については、まだまだ形は変わっていくかもしれないですが、やはり世の中の役に立つという意味において、私はそのような弁護士でありたいと思います。

地域と学校との「架け橋」となる存在に

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今考えていることとしては、親御さんと学校の架け橋になれるような、そういう知識を人に伝えられないかなと感じています。昔でしたらPTA会長ですとか地域の自治体の会長さんとか、色々なところに「面倒がおきたら俺のところに来いよ」というような、気の利いた方が居て、その人のもとにいけば学校との間をとりもってくれるような人がいたと思うのですが、今の時代はなかなかそのようなことができず、親御さんも「こんなに求めていいのかな」と感じていますし、学校側も「何を言っているのか分からない」「仕事が忙しいしそんなことやっている暇はない」となってしまっているのが実情です。このように親御さんと学校とを繋いであげる人が今は数が減ってしまっています。これを改善するために、私は活動しているわけですけれど、弁護士に頼るというのはハードルが高いのが事実で、おそらく弁護士側がどんなにハードルを下げていっても、最後の壁としては「日常的に使えるものではないよね」という部分は残ると思います。「あれ、もうちょっと知恵があればなぁ」と思うときに、私の知識に皆がアクセスできるような学校(学校が施設を伴うものであるとすると学校ではなくセミナーや講演というのかもしれませんが)、私の知識を皆に伝えるものとして、そのようなことをやりたいというのが直近の私の目標ですね。

人の本質を理解してあげられるだけの「人間力」

これから勉強を開始する方に向けてお伝えしたいことは、「将来像を明確にもって欲しい」ということです。願わなければ叶いませんから、どのような人間になりたいのか、どういう仕事をしたいのかをイメージしていただきたいと思います。そして、弁護士という仕事は本当に楽しいので、是非チャレンジして欲しいなと思います。ただ弁護士になるにはどうしても法律が圧倒的に分からなければいけないですし、同時に分からなければならないこととしては、「人の心」なんですよね。人の心が分かることはとても大きなアドバンテージになります。どうすれば人の心が分かるようになるかといえば、実践しか基本的にはないと思います。具体的には目の前にいる人と話をすることだと思います。また、人を大事にすることです。「この人にはこんなところがあるのだ」と理解して受け止めてあげること、例えばとても優しい人なのに、とても暗い闇を抱えているとか、悪いやつだと思っていたけど良い人だなとか、そういった経験をいくつ積んだかがそのまま馬力となって現れるのが弁護士の仕事です。命の淵に立たされた子供に何と言葉をかければよいのか、子供の命を失ってしまった親御さんにどのような声をかければよいのか、極限の状態でどのような言葉を選ぶのか、そもそも声をかけないほうがよいのか、これを選び、後悔しないだけの胆力というか腹の力が必要です。心の中だけに答えがあるようなものでもないですから、誤った方向に導かないためには法律知識も必要ですし、同時にその人の本質を理解してあげられるだけの人間力も必要です。弁護士は人生をかけるに値する仕事であると思っています。是非チャレンジして欲しいと思います。

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