「憲法を知った者の責任」として、様々な点に問題意識を抱き行動

塚本和也先生

経歴  
1988年 島根県隠岐郡西ノ島町 出身
2007年 島根県立 松江南高等学校 卒業
2011年 首都大学東京 都市教養学部 法学系 卒業
2013年 立教大学法科大学院 修了
               司法試験合格、司法修習生(67期・福島)
2014年 弁護士登録、東京東部法律事務所入所


※先生の所属事務所等プロフィールは、取材時のものです。

弁護士の過疎化に問題意識を抱いて

私は島根県の隠岐の島という田舎の出身でして司法過疎地でした。中学生の時に将来何になりたいかと考えた時に、弁護士という職業は社会の医者だという言葉を見聞きしたのですが、島に病院はあるのに対して法律事務所はなく弁護士が誰も居ない状況であるため、全く身近な存在ではないという印象を抱いていました。それこそゼロワン地域のゼロでした。まだその頃は法テラスの無い時代なうえ、当時島根県が日本の中で最も弁護士が少なく28人ぐらいしかいませんでした。法律は皆に適用されるものなのに、弁護士が身近にいないことにより、不公平な状況に陥る人が居るのはおかしいなと何となく思い、地元を始めとした司法過疎地で働く弁護士になりたいと思い弁護士を目指すようになりました。
隠岐郡は4つの有人島があり、その内1つの大きい島に1万人ぐらい居ます。私が住んでいた島は2番目に大きい島で、島民は私が居た頃は3500人ぐらいでしたが、今は2900人ぐらいになってしまっています。今は法テラスとひまわり基金法律事務所ができ、2人の弁護士を確保してぎりぎりゼロワン解消となっています。
 大学進学のときに上京し、首都大学東京に進学しました。木村草太先生が教え始めている時です。ただ私は大学の授業に全然ついていけませんでした。その一方で、体育会の自転車部に入り、自転車で旅をしていました。自由を謳歌し、47都道府県を自転車で旅しました。自転車部を楽しむことを3年の夏までやり、3年の秋にいよいよ「ヤバいぞ」ということで伊藤塾の説明会に行かせていただいたところ、塾長の話がすごく面白かったのと、憲法についてとても分かりやすく語って頂いたことから、「ここでなら」と思い、入塾して勉強をスタートしたという感じです。2倍速で、ネットの講座で一気に伊藤塾の講義を受講しました。塾長に初めて会った時は「すごくゆっくり話すなあ」と驚いたのを今でも覚えています(笑)。


青森から銚子まで自転車で南下し原発問題に直面

合格した後、修習を経て今の事務所に入所しましたが、就職活動では、並行して元々の志願だった法テラスや公設系の、伊藤塾と交流もある桜丘律事務所ですとか、あと法科大学院が池袋だったのでエクスターンシップでお世話になった東京パブリック法律事務所などを受けたりしました。一方で、司法修習生がやっている7月集会という集会に参加し、福島の原発問題に関心を持ち始めました。さらに、司法試験を受けたあと発表までの期間、本当は勉強をしなければいけないのかもしれませんが、私は自由になりたくて自転車旅を再開しました。北海道を周ったあと東日本大震災の被災地を全て周りたいと思い、青森から銚子まで南下しました。それで岩手県や宮城県の津波の被害も甚大だと思ってはいたのですが、福島県に入り、浪江町から富岡町まで、真っ直ぐ進めば20キロぐらいなのですが、「線量が高いため、もうこれ以上は行けません」と警備員に言われてしまいました。線量という言葉もその時は一瞬理解できませんでした。福島の人は放射線量のことを線量とおっしゃいます。それで自転車で阿武隈山脈を越えて迂回し、避難地域がとても広いと身を持って実感しました。岩手とか宮城は津波被害がすごかったわけですが、3年ぐらい経っているので瓦礫は片付いてはいました。ですが、富岡町はその時、時が止まったかのように瓦礫もそのまま、駅舎もボロボロになったままの状態で残っていて、原発事故があったからだというのを目の当たりにして、自分に何か出来ることはないかなと思い、「法曹になったら原発事故の問題もやれればいいな」と思い始めるようになりました。この旅は司法試験合格発表の前日に戻って来て、合格発表をみたら奇跡的に受かっていたので、司法修習は福島を希望して福島で修習をしました。その中で福島の方々4000人ぐらいが原告となっている全国で一番大きい、滞在者も避難者も一緒になって闘っている訴訟で、国と東京電力の責任を追及している弁護士と出会い、その方々と一緒に仕事をしたいと思いました。それでこの東京東部法律事務所は、福島の原発事故の弁護団に入っている先生が多いことと、地域に密着した活動をしていることから、入所することを決めました。法テラスとはまた違うのですが、東京であっても霞が関に事務所があるわけではなく、このような下町に事務所を置き、事務所に来てもらうのではなく、こちらから足を運んで、やはり法律事務所の敷居を跨ぐのは大変だという方がまだまだ多いため、「ここに弁護士来るから行ってみれば」などと労働組合などを通じ口コミで拡げてもらい、繋げてもらえるような出張相談活動もしている事務所なので、都市部ではあるのですが、司法過疎の解消にも繋がる活動は出来るかなと考えました。
 リーガルアクセスの解消は今でも問題意識を継続的に持ち取り組んでいます。原発事故についても福島の方々は本当に優しい人が多いので「国相手に訴訟するなんて」とか「東京電力にもお世話になってきたから」ということで、なかなか訴訟することを躊躇している方も多かった中、弁護団は過去の公害事件などをやってきた実績があるので、その中で学んだ経験を生かして各地で説明会を実施したりして「住民同士で争うのではなくて、原因を作った国や東京電力に訴えましょう」という話をしています。その弁護士の話を修習生の時に弁護団に密着して学んでいたので、結局のところ法律があっても立ち上がってもらい使わないと実現出来ないので、そのようなことが出来るのも自由法曹団や青年法律家協会、こういう公害事件を扱う事務所の弁護士になって一緒にやりたいなと思ったというところです。

様々な点において問題意識を持てる環境が特徴の事務所

東京東部法律事務所は一昨年50年を迎えて、今年で52年目になるのですが、こちらの東部地域に法律事務所があまりなかった時代、地元の方々からの要望を受けて弁護士4名、事務局1名で作られた事務所になります。その時から東部地域で働く人の権利を守るための活動を50年間、労働組合の不当労働行為の問題ですとか、冤罪事件ですとか、葛飾ビラ配布事件も無罪判決を勝ち取っているのですがそういった活動ですとか、あと公害事件も東京大気汚染訴訟もやっていますし、C型肝炎、B型肝炎、エイズなどの薬害問題も弁護団に入り闘ってきている事務所です。
 もちろん私が修習生の時に一番やりたいと思ったのは福島の原発事故にはなるのですが、その弁護団にも当事務所は5人ほど今も関わっています。地域に根ざした活動もしますし、人権を守るための弁護団活動もやりますし、おおもとの憲法を守る活動もやっています。ちょうど私の弁護士1年目が2015年でしたので、戦争法と呼んでいる安保法制が出来てしまった年でしたので、あの年は月に1回は地域の方々に「この法律はこういうところが問題だ」という憲法の学習会をもちろん伊藤塾長から学んだ憲法の基本から分かりやすく伝えようという観点で各弁護士が各地で実施していました。事務所としては毎月何件もの学習会を各地で開催をして法律の問題点を説明したりですとか、あと国会前の反対運動に対して機動隊がだいぶ過剰警備にしていたので、見守り弁護団といって弁護士の腕章をつけて警察と警備について交渉したりですとか、写真撮影を警察が結構していたのですが、それに対しては伊藤塾で学んだ知識を用い、京都府学連事件の肖像権の判例を示して「止めてください」と説得して写真撮影を中止させるなど、2015年は憲法を守る闘いをやっていたかなという年です。
 様々な点において問題意識を持てる環境にいるというか、当事務所に居ると事務所会議を月に2回やっていまして、そこで事件報告、まあ一般事件でこういう事件があって、こういう解決が出来たから参考にしてくださいとか、あと政治情勢でこういう法律でこういう問題があるとか、色んな興味・関心がある弁護士が集まっているので、色んな分野から報告があり、「これは一緒にやろう」みたいな話になることも多々あります。最近ですと、これから道徳の教科書の採択が行なわれるのですが、それに対して各地域で教科書の展示会が行なわれるので、それに対してこういう意見を書きに行こうとかそういう運動をしています。スタートは詳しい弁護士が提起して他の弁護士もついていくみたいな感じで、ゆるやかな団結と呼んでいるのですが、東京東部法律事務所は何でも自由にやれるし団結する時は団結するというような形でやっています。

責任を感じると共にやりがいを感じる仕事

弁護士になり4年になりますが、私が特に嬉しかったのは,福島の原発事故の被害者の方々と一緒に闘ってきて、昨年の10月10日に地裁判決が出たときです。旗出しの弁護士が玄関から出てきて、はじめは硬い表情で、「大丈夫かな」と思いました。しかし、「勝訴」の旗が開かれて、周囲から「うおおおおお」とすごい歓声が響き渡りました。私が尋問を担当した楢葉町というのは、福島の原発から近いところで、30年間ほど蕎麦屋さんをやられていましたが全て失い葛飾に避難されてきたご夫婦も裁判所の前で一緒に判決の旗出しを見ました。一緒に抱き合って喜び、その時はすごく気持ち良かったですね。
 一般事件でいえばウチの事務所は法務部があるような会社さんとかはあまり来ないので、中小企業の方とか、突然交通事故に遭ってしまった方とか、相続で揉めないと思っていたのにやっぱり揉めてしまったみたいな、そういう全く今まで弁護士に会ったことないような方もいらっしゃいますし、あと契約書のない方が多いです。中小企業や一人親方の方とかが「契約書がないからこれ無理かな」などと来られるのですが、そういう事件でも他の職人さんに聞き取りをしたり、材料の注文書とかを裁判所に提出したりして、立証は難しかったのですが、ある程度高い数字で和解出来た時とかはやりがいを感じますね。刑事弁護ももう少しやりたいと思っているのですが、あまりやれていません。「当番弁護の接見にすぐ行くのが大事」いうのは叩き込まれていたので、前科が結構ある方の弁護をした時に、「こんなに丁寧に接見に来てくれる弁護士は初めてだ」と感謝された時は弁護士になって良かったなと思いました。民事は当事務所の方針として二人でやるので相談しながら出来るのですが、刑事事件は国選となると一人で進めることになります。そうすると、自分が行かないとその捕まっている人は連絡手段もないわけで心細いと思うので、出来る限り接見に行けるように努めています。責任を感じると共にやりがいも感じますね。勾留請求前に意見書を出してあとは「どんな反応が返ってくるのだろう」とドキドキしながら弁護士会館で待っているのですが、「釈放しました」と言われるとやはり嬉しいですね。


仕事の魅力は社会正義の実現

弁護士として必要とされる力は依頼者に寄り添う力だと思います。しっかり依頼者の話を聞いて、依頼者の納得する解決を目指すということですね。お金ではないという依頼者もいっぱい居ますし、先程勝訴判決と言ったのですが、正直私たちの福島の判決はまだまだ賠償金額という点では不十分な点が多いです。ただ国の責任を認めさせたということだけで十分だと言ってくれる人も多いです。特に相続事件とかですと主張は認められなかったけども、しっかりと依頼者に寄り添い「言いたいことを言ってくれた」ということで感謝されることもよくあるので、やはり寄り添う力が大事かなと思います。正直証拠がないと認められないというのが法律の世界のルールで、勿論分かっているのですが、とはいえここまで何とか頑張って、これ以上は厳しかったけど弁護士に頼んで良かったと思って頂けることは喜ばしいことです。
 弁護士の仕事の魅力はやはり社会正義の実現だと思います。やりたいことが仕事で出来る、やりたいことをやって感謝されることは仕事の魅力そのものです。このような気持ちは正義感と当事者意識からきていると思います。例えば核問題など日本国民全員が、最悪の場合は世界も滅びるかもしれません。私は島根県の隠岐の島出身ですので島根原発もありますし、福島と同じような事故が起こっていたら風向きによってはウチの島も避難区域になっただろうなと思うと、福島の方々の気持ちは深く理解できます。それでもお構いなしに再稼働が進められ、脱原発訴訟は一進一退ではありますが,まだまだ足りてはおりません。私自身が脱原発というのは仕事というよりも自分のやりたいことなのですが、それを仕事としてやれるというのは喜びですね。
 様々な点に問題意識を持ち、行動していますが、その源は伊藤塾長もよく言っているように、憲法を知った者の責任が源泉になっています。私は田舎出身でありながら上京して法科大学院も行けて、伊藤塾にも通えたというのはだいぶ恵まれた家庭のおかげだと思っています。たまたま運良くここに居ますけども、もっと貧しい家庭に育ったりですとか、親から虐待されていたりですとか、そんな環境だったら、刑務所の中に居てもおかしくないと自分なりに思います。環境のおかげで今の自分があるから、その分を社会に返していきたいなというのはありますね。原点は塾長がたまに講義から外れて熱く話す内容からきているのかなと思います。伊藤塾で勉強した内容は、実務に就いた今、勿論役に立っています。まず憲法は立憲主義のお話から、先程に言ったように私は大学の授業はなかなかついていけなかったので、伊藤塾長の分かりやすい語り口のおかけで、憲法と法律との違い、立憲主義の大切さからしっかり学べることが出来て、それをもとに各地での学習会を実施したり、街頭でスピーチなどさせて頂いているので、他の弁護士と違うかもしれないですけど、伊藤塾で学習をした内容は直結しています。また,民法などは未だに事務所にテキストを置いて、たまに見返します。あと目次を大事にする勉強法、体系をしっかり掴むというのは他の法律でも大事ですし、相手方から長い書面が出てきた時とかもしっかり主張の核はどこかを考えるなど、思考方法が役に立ったかなと感じています。

日本国憲法に合った社会の実現を目指して

今弁護士業界は儲からなくなったなどと言われていますが、昔ほど大儲けは出来なくなってきているのは事実かなと思います。ただこの事務所は地域に根ざして、色んなお金にならない活動も含めてたくさんの事件や活動をする中で、色んな方々の信頼を受けて口コミで様々な方が来られて、ある程度の収入は貰えているのが現状です。まだまだ困っている人は世の中にいっぱい居ると思っています。最近過払いが減っているという話もありますけども、去年闇金からお金を借りているというおばあさんが相談に来られて、その方は本当に怯えていて、債務整理のマニュアルに則って、私が闇金に一本、貸金業法に反すると電話して解決したところ、とても喜んで頂きました。その方からの口コミでさらに合計4人くらいの闇金から借りている方と繋がって、電話でストップさせ、その内一人は過払いを取り戻すことが出来ました。そのようにまだまだ弁護士が届いていない人たちが居ると私は思っています。今は原発事故や事務所の事件で慌しくはあるのですが、できればもっと敷居が低い相談会、出張相談とかを重ねて掘り起こしていけば、まだまだニーズはあるのではないかと個人的には思っています。大儲けはできないかもしれないですけど、やりがいを考えれば十分魅力的な仕事だと思っています。
 これからの私の目標ですが、まずはしっかりと福島の原発訴訟で責任を確定させるとともに、十分な賠償を得ることが目標です。私たちは原状回復、除染の請求もしているのですが、除染方法が確定されていないということで却下されてしまいました。ですが、地裁判決では「心情的には理解できる」というような異例の文言が入っていました。もっと原発事故の被害に見合った賠償・復興を実現して、それとともに脱原発を実現するのが一つの夢です。
 弁護団は公害事件については全て同じ構造だと思っています。要は国や大企業の経済的利益のために一部の住民たちが被害を受ける、健康や命を犠牲にさせられる。労働事件もそうですし、沖縄の基地問題も同様です。福島から沖縄に避難している方が多いのですが、理由としては一番遠いし原発がないということです。子どもを連れたお母さんたちが多く、その方々の一人の尋問を担当したのですが、その方は沖縄に行き初めて米軍基地問題も考えるようになった、福島の問題も沖縄の問題も根っこは同じだと仰っていました。そういう社会構造を変えられればと今思っています。判決をテコに脱原発を実現するだけじゃなく、最後は政治を変えていければいいなと思っています。憲法を改正するなんてありえないという話で、守るとともに日本国憲法に合った社会の実現をしていけたらなと思っています。
 これを見て頂いている方は、法律に興味のある方だと思うのですが、本当に弁護士の仕事は魅力的な仕事ですし、まだまだみなさんの力を、みなさんが弁護士になってくれることを待っている人はたくさんいます。福島も事故当時は県民が200万人いましたし、また今回私たちの判決で認められた茨城県ですとか、他の裁判では千葉県の方にも被害が認められましたから、本当にどの弁護団も人がまだまだ足りていないのが実情です。みなさんの力を待っている、本当に困っている方々はたくさんいるので、ぜひ弁護士を目指して頂けたらなと思います。伊藤塾の受験指導にしっかりついていけばきっと合格できると思うので、合格を心配するのではなくて、合格後を考えて勉強して頂ければと思います。

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