自分の視野を広げてくれた伊藤塾での出会い、沖縄の地で弁護士のやりがいを実感する日々
稲山 聖哲 先生 (弁護士)
沖縄で弁護士活動をしたきっかけ
私は、伊藤塾本科生として、伊藤塾中央大学駅前校で司法試験受験勉強を開始しました。幼少期から東京で生活していた私には、沖縄との接点など全くなく、沖縄県についてはのんびりしたリゾート地との印象しかありませんでした。しかし、講義終了後、山本有司先生から沖縄についての色々なお話しをうかがったり、伊藤塾で沖縄出身の友人ができる中、もともと地方での弁護士を志望していたこともあって、沖縄で弁護士として活動することを決めました。
沖縄の特殊性
きれいな海、また、最近ではドラマ等の影響から、都市部の方は沖縄に対し、移住する前の私と同様、のんびりした、気さくな方々が暮らしている癒しの島との印象を持たれているかも知れません。しかし、言うまでもありませんが、沖縄県内には多数の米軍基地が存在し、騒音問題、米兵や軍属米国人らを対象とする刑事事件や家事事件等、基地を原因とする問題が日々多数発生しています。 また、一人当たりの県民所得は都道府県中最も低く、失業率は全都道府県中最悪、観光業以外に主要な地場産業がないことから、県民の大多数が経済的に極めて苦しい生活を強いられており、中には弁護士に債務整理を依頼したくても、その費用すら捻出できないため苦境から抜け出せない状況まで追いつめられている方もいます。
さらに、失業率と同様、離婚率も全都道府県中最も高いことからか、離婚問題やDV問題も多く見受けられます。
事務所の概要・事務所所在地の特徴
私達の事務所は、県庁所在地の那覇市から約20kmほど北に位置する沖縄市にあります。沖縄市の人口は13万3,096人(2008年4月現在)、市周辺には極東最大の米軍基地である嘉手納基地等の在沖米軍基地が存在し、毎週末の繁華街では多くの米軍人及びその家族の顔をを見ることができる、基地問題を身近に感じ取れるところです。
事務所の業務内容
他の地方所在の弁護士事務所と同様、当事務所の業務は、一般民事事件、債務整理事件、破産管財人業務、家事事件、刑事事件等が中心となります。前述のとおり、沖縄県内には多重債務に陥っている方が多く、また、いわゆるサラ金業者ではなく、毎日少額の取り立てを直接行う日掛貸付業者、免許等を持たない闇金融から借り入れている方も多数存在し、私共がその方々の債務を整理する際には、債権者(?)から脅しまがいの電話や、時には直接事務所に怒鳴り込まれたこともありました(丁重に対応し、お帰りいただきました)。
また、これも地方特有かも知れませんが、一般民事事件はそれ程大きな訴額の事件ではなく、小さな事件を数多く、また、登録1年目から破産管財人業務等もこなしております。
なお、2007年度の私の相談件数は約190件でした。刑事事件は、沖縄県全体の実働弁護士数が少ないからか、年間20件以上、少年事件は年間5件程度と、都市部の弁護士に比べ、かなり多数の事件を受任しています。事案としては、交通手段が自動車のみとの土地柄(ほとんどの沖縄の居酒屋には、駐車場が完備されています!)からか、飲酒運転関連の事件が多く、また、窃盗・傷害等の事案でも、酔った上での万引きや喧嘩など、本当に酒がらみのものが多いです。
現在、私が受任している刑事事件は4件と、通常に比べ若干少なめですが、うち2件は公判前整理手続※1対象事件、うち2件は否認事件と、重大案件を抱え四苦八苦している真っ最中です。
このように、地方では都市部に比べ、特定の分野に集中することなく多種多様な事件を、また、登録後比較的早い段階から破産管財人、第三者成年後見人※2等、裁判所から依頼される業務を担当する機会があり、刑事事件についても公判前整理手続対象事件や否認事件等の重大案件を担当することができます。
というよりも刑事事件に関しては、やり手がいないのでやらなきゃイカンというのが本当のところですが…。
やりがいを感じる瞬間
月並みですが、依頼者から感謝の言葉をいただいた時、また、依頼者の生活を少しでも改善できたと感じる時、弁護士になって良かったと思います。
印象に残っているものとしては、事務所にお見えになった際、年金すべてをサラ金への返済に充て、アルミ缶を拾って回収業者へ販売することにより生活していた70代のご夫婦から債務整理の依頼を受け、結果として700万円以上の過払金を回収してお渡しできた事案がありました。過払金をお渡しする時、依頼者から「肉が食べたいんだけど、このお金で肉を買って帰っていいですか」と尋ねられ、「どうぞどうぞ、石垣牛(沖縄のブランド牛です)でも何でも好きなだけ買って帰ってください」と答えましたとの報告を担当事務員から受けた際、弁護士になって、本当に良かったなと思いました。
伊藤塾で得たもの
基礎マスターでの基礎的な法律知識及び法的思考方法、また、各種答練での文章起案力等、伊藤塾で教えていただいたスキルは、弁護士業務に直結するものであり、現在の私を支える基礎となっております。
また、受講していた際にはピンと来ませんでしたが、憲法の理念を大切にした伊藤塾の講義は、基地問題等を抱える沖縄県で弁護士をするにあたって、自分の視野を広げてくれたと感謝しておりますし、そもそも伊藤塾で山本講師の講義を受講しなければ、東京出身の私が、沖縄県で弁護士をすることもありませんでした。
伊藤塾にお世話になったことにより、私の一生は良い方向に大きく変化できたと感謝しています。
これからのビジョン
日々の雑務に追われ、なかなか実現できておりませんが、税法等の知識を修得して、税務関係も含めた処理ができる弁護士として、また、税理士、司法書士といった異業種の先生方とも協力しつつ、地域により満足いただくリーガルサービスを提供できる事務所にしてきたいと考えております。
合格を目指す方へのメッセージ
受験勉強は本当に大変ですよね。時には「なんで自分だけこんなつらい思いをしなきゃならんのだ」との気持ちになることもあると思いますが、まず、法曹を目指すことができた自身の恵まれた環境に対して感謝していただきたいと思います。
弁護士数は今後さらに増加していくと思われますが、地方ではまだまだ弁護士は必要とされており、弁護士になった皆さんを心待ちにしている方々は沢山いらっしゃいます。頑張ってください。
(2008年5月・記)
※1 公判前整理手続 初公判前に裁判官、検察官、弁護人が非公開で協議し、争点を整理すること。従来の刑事裁判は法廷での審理のみであり、判決までに時間がかかることが多かった。刑事裁判の審理の迅速化を目的としたもので、2005年11月の改正刑事訴訟法施行で導入。
※2 第三者成年後見人 認知症を発症された方、知的障害を負った方など、法的判断に不安がある人達が自立して生活できるように、財産管理や入所施設との契約など、法的な事柄について代理や援助を行う。成年後見人は家庭裁判所の審理により決定される。家族・親族以外の成年後見人を特に第三者成年後見人と呼ぶ。