「司法修習で一生の糧と一生の友を得る」

長尾 浩行 先生(弁護士)

~2008年1月26日 伊藤塾東京校で実施された講演より~ 新旧司法試験合格後に控える司法修習では、5つの科目(大きくは2系統5科目民事裁判・民事弁護・刑事裁判・刑事弁護・検察)について、日々の裁判や訴訟の場で使う書面を実際に書く練習(起案)をしていきます。修習終了後、卒業試験に相当する「二回試験」を受けて、それに合格することで、実務家としてのスタートに立つことになります。
 
自分だけの目標を立て修習期間をより充実させる

 修習の期間は、受験生の時代から実務家になる間、人生が変わっていく一つのステップです。

私が修習に行った年までは1年6ヶ月の期間がありました。とても充実した内容でしたし、楽しく且つ役に立った印象があります。

ただ残念ながら今は旧司法試験の方は1年4ヶ月、新司法試験の方は1年になりました。あっという間に終わってしまうと思います。ですから早い段階で何か一つ目標を立てるといいでしょう。修習期間中に何か新しいことを始めるのもいい目標の一つだと思います。語学でもいいですし、友達100人作るという具体的に数値化した目標でもいいです。そうすると1年後、「修習で得たものは」と聞かれた時に、すかさず「これです」と言えるはずです。

司法修習を通じて訓練される実務家としての実力

 司法修習において知識はもちろん必要なのですが、実際に試されるのは知識ではなく、実務家として必要なさまざまな能力です。

 その一つ目は「実務処理能力」です。
修習や二回試験で要求される処理は、新旧司法試験よりもレベルが高く複雑です。全く整理されていない事実や証拠が出てきて、それらを一旦整理したり、評価したりしていきます。

法律の適用・事実の処理・証拠の処理、それから手続きの流れなどが当然一般的な知識として要求されてきます。これらを日々の実務修習をこなしながら身に付けていくことになります。

 二つ目は「文章作成能力」です。
一日・7時間の起案で書く量はA4サイズの紙に20?30枚、多い人だと40枚にもなります。そんな枚数をいきなり書けないと思うかもしれませんが、もちろん何もないところから書くわけではありません。科目によっては書く項目が大体決まっていますのでそれらの項目を方向づけて書いていきます。

また、短い文章を書くほうが技術的には大変です。司法試験の受験段階で「いずれ大量の枚数を書かなければいけないのだ」と頭に入れて、短い文章である論文の答案を書くといいかもしれません。短い文章を書くこと、答案作成の訓練をしっかりとしておくと、それが修習にそのまま生きてきます。

 三つ目に「スピードや要領」です。
一つの起案を作成する時間は、通常の修習で7時間、二回試験で7時間半ありますが、大量の資料を読み、文章を書き上げ、構成をチェックするという作業を時間内に行わなければいけません。

文章作成は手書きで行います。課題を課す側は、規定の時間で全ての論点に触れることは到底無理だと思われる量を課してきます。実務は当然スピード勝負の世界で、大量の資料をコンパクト且つ要領よく読みとる事が要求されます。実務より手加減したものが修習起案では行われています。当然最初は慣れていませんから、読むだけで大変です。ただ、ある程度経験を積むなかで「コツ」を掴むと、読む作業も早くなります。

よく言われる「コツ」としては、概略を掴む、あるいは掴みやすい書面をまず見つけてそれをしっかり読み込み、それを頭に入れた上で読むという方法、また読みながら筋を予想する方法などがあります。その「コツ」を修習の時、特に前半で何度もやっていくことが必要です。

修習中に築く“ネットワーク”

 司法修習では、獲得目標を教えてくれません。しかし、それぞれの課題には、“これ位のことができなければいけない”という獲得目標が必ず隠れていて、基本的には後から教えられます。この獲得目標達成の積み重ねが二回試験合格につながるのですが、目標に関する情報は小出しにされ、偏在しています。十分な実力はあるのに、情報を持ち合わせていない─そのために不合格となる方が毎年必ずいます。

 二回試験不合格によって一年を棒に振らないために、縦や横のネットワークを駆使して、情報を早い段階で得ることが必要です。そのためにも一生の友を見つけるというのは重要なテーマになってきます。色々な人と仲良く付き合わなければいけませんが、割と狭い世界です。いつも顔を突き合わせているという人間関係になりますので、うまく関係を築くことが必要です。

司法試験に合格する程度の能力がある人達が集まっていますので、自分より優秀な人達も当然います。そのような中で、二回試験に向けて、さらにはその先実務に出た際に競争するというプレッシャーと戦いながらですので、人付き合いが苦手な人は辛いかと思います。ただそこは逃げられないです。しかもきちんと友人を作っておかなければ大事な情報も入ってはきません。そこも配慮しながら日々の辛い訓練もやっていくことになります。それプラス情報の偏在、後出しなどによるプレッシャー、せっかく司法試験に合格したのに精神的に追い詰められてしまう人もいます。

ですからそこは司法試験で鍛えられているとは思いますが、法律家は強くならなければいけません。

修習期間に自分の「売り」をつくろう

 最初にもいいましたが、一年経った時に自分は修習でこれをやったと言える何かを持ってください。

弁護士志望の人にとっては、就職というのは自分をどう作って売り込むか、あるいは買ってもらうかの問題です。同じような年代で、同じような能力を持った人がたくさんいる中で採用してもらうためにはまず目立たないといけません。一度だけ面接で会った方に名前だけ見て思い出してもらえる何かがあれば就職活動で役に立つはずです。当然それは自分が目立つため、アピールするためだけでなく、それを元に自分のキャリアにつなげていくこともできます。

 そして、受かれば人生が変わります。社会的信頼のある仕事ですから、それを信じて諦めずに最後まで頑張っていただきたいと思います。
 
 

【プロフィール】 弁護士。京都大学法学部卒。
伊藤塾では旧司法試験合格後、司法修習に行く前に教務全般を担当し各種の答練や講座を企画・制作。講師としても入門講座や中上級講座等の講義を行う。また,行政法基礎マスターや短答マスターを担当し「試験対策講座行政法」(弘文堂)を監修するな ど、公法および民事を中心とした訴訟手続法に強い。

現在は仙台弁護士会に所属し「官澤法律事務所(仙台市)」で弁護士として活躍中。目下来るべき裁判員裁判制度を意識して刑事弁護に注力している。
(先生のプロフィールはご講演当時のものです)