何が「正義」なのかを判断し、結果に責任を持つ。それが弁護士なのだと思っています
児玉 晃一 先生 (弁護士)
「紙芝居」を使って――東日本大震災被災地での弁護活動
私は自分自身が東京で被災した経験から「とにかく何かをしなければいけない」と思い、岩手県の陸前高田を中心に被災地に十数回訪問しています。
初めはNPO法人難民支援協会の働きかけでの外国人被災者の救済が目的だったのですが、工場などで勤務する中国人はすぐに日本国外に退去していました。そこでNPOをベースに被災された日本の方のお役に立てればと、すでに14回の訪問を重ねています。
以前に東京で行った被災者向けの法律相談での経験を踏まえ、まずスーツの着用をやめ、ライトグリーンのビブスを着用しました。被災地の資源はとても貴重なものばかりですから、電源なども極力使用しない方法を考えました。
また単に「法律相談をやっています、何か困っていることはないですか」、と弁護士がブースを構えていても、被災者の方は何を相談していいのかわかりません。そこで、こちらから情報提供をしなければいけないと考えて、悩み事相談と称し紙芝居をすることにしました。内容は被災者の方が利用したら便利であろう行政サービス、手続きや、そのやり方をわかりやすく絵にしました。
これなら電源も使わず、どこでもすぐにできます。数人でも集まっているところでいきなり紙芝居をやるのです。最初は、遠巻きに見ていたのに、だんだん興味を示す方も出てきて、紙芝居を聴いてくれるようになり、その内容について質問もされるようになりました。
「法律相談」だけではない、弁護士の仕事
また紙芝居の後は、「この人達なら相談をしてみようか」という気持ちになるようで、紙芝居の内容のことやそれ以外のことも話してくれるようになります。避難所には情報を伝えるための掲示板や紙新聞が掲示されていてかなり詳細な情報が提供されているのですが、そこを見ればわかるような相談内容も少なくありません。しかし被災者の方、特に年配の方はほとんどその情報を見ていません。
情報が多すぎて何が自分にとって必要な情報なのか、わからないのです。それを見てきてあげて教えてあげるだけでとても喜ばれます。また、損害保険の加入内容確認の手続きのための電話番号が複数記載されていて、どこにかければわからないという方もいます。順番に一つずつかけてあげて大変喜ばれたこともありました。
被災者の方の中には、あれだけの災害から命からがら逃げてきて、不自由な避難所生活を続けているので疲弊してしまい、何をする気力も出なくなっている方も多いです。一緒になって対応するだけ、それだけでも十分お役に立てるのだと思いました。
依頼人を、「元気にする」ために
具体的な法律相談をされることもあります。たとえば「震災で家を流されてしまったがそのローンの支払いがある、催促されているがこれは払わなければいけないのか」という相談を受けました。きわめて形式的な回答をするとすれば「払わなければいけません、法律でもそうなっています」と答えるべきなのでしょう。しかし私たちはこんなことを伝えるために被災地に来ているのではないと考えました。もっと被災地の方が元気になるような話をしなければいけないと。そこで「いますぐに家のローンの返済を考えるのではなく、あなた自身が生きていくためにお金を使ってください。」とお話します。絶対に支払わなくていい、という保証をするのではありませんが、“今は”ご自身が生きることを優先しましょう、ということです。
政府の救済策や、法律が成立するかもしれません。その場合でも、震災から法律施行時までに払ったお金を返す、という立て付けになることは、まず、絶対に考えられません。馬鹿正直に払っていて、損をした、という事態になるかもしれません。そうであれば、流されてしまった家や車のために貴重なお金を使うのではなく、もっと大事なことに使って下さい、ということです。ひょっとすると、事後的に考えれば、そのような救済策はできないかもしれません。でも、何が正しいのか、何が正義なのかの判断は自分で下し、自分自身の責任のもとで行動し、その結果にも責任をとる、それが弁護士なのだと思っています。
被災者に見送られて――弁護士人生で一番、感動した瞬間
また、このような法律相談では申込書のような記入シートを用意し、そこにお名前や相談内容を最初に書いてもらうのが通常なのですが、それはしませんでした。ただでさえナーバスになっている被災者の方々の負担を少しでも少なくしたいと思いました。“おちゃっ子会”という、お茶とお菓子で語らうような場とコラボして、紙芝居をしたことも度々あります。相談も何もなくてもただ皆さんの話をお聞きするだけでも、感謝されます。「法律家として」という、大上段に構えたことを考える必要は全く無いと思います。
あるとき陸前高田の体育館でこのような活動を終えて帰るとき、被災された皆さんが、わざわざ立ち上がり、私たちのほうに向かって拍手と掛け声で見送ってくれたことがありました。「また来てくれ」「ありがとう」「がんばるよ」と…涙が出てきました。弁護士人生のなかでも、1、2を争うほど感動した瞬間でした。
弁護士という垣根をなくして、真摯に向き合う
今後はこのような活動を通じて得た被災者からの信頼を地元の弁護士と連携してつないでいく、そして本当の意味での復興を地元の弁護士中心に遂げてもらえればいいと思います。また被災者の中でもさらに弱者、たとえば女性や病気を抱えた方などにきめ細かい配慮ができればいいと思います。これは弁護士だけでなくいろいろな経験やスキルを持った方がそれぞれの役割を果たせればいいと思います。
このような大災害に際して弁護士だから何をするとか、これは弁護士の仕事ではない、というようなことはないと思います。一人の人間として困った人のために自分の役割を果たす。これだけなのではないでしょうか。いかにポテンシャルを高く、場面場面で、できることをしていく、そして弁護士という垣根をなくして被災者の皆さんと真摯に向き合う、これが大災害に際して人として必要なことだと思います。法律があってもそれを使いこなせる法律家がいないところは、法律がないのと同じです。被災地の闘いはまだまだ終わっていません。私たちのやれることはまだまだたくさん残されています。
(2012年4月・記)
■Profile
早稲田大学法学部 卒業
1991年 司法試験最終合格
1992年 最高裁判所司法研修所入所 第46期司法修習生
1994年 弁護士登録(東京弁護士会)吉岡桂輔法律事務所入所
1999年4月 児玉晃一法律事務所を東京都中央区に開設
2002年7月 東京弁護士会が設立した都市型公設法律事務所東京パブリック法律事務所の開設メンバーに加わる
2007年5月 りべる総合法律事務所にパートナーとして参加
2009年12月 マイルストーン総合法律事務所開設
〈東京弁護士会〉外国人の権利に関する委員会(元委員長)
刑事弁護委員会(委員長)
〈日本弁護士連合会〉人権擁護委員会
〈学会〉移民政策学会常任理事(事務局長)、国際人権法学会会員
■事務所プロフィール
マイルストーン総合法律事務所
〒151-0064
東京都渋谷区上原3-6-6 オークハウス202
TEL:03-5790-9886
FAX:03-3467-5585
■事務所の特長
一般民事/不動産問題/債権回収/刑事事件/倒産処理(企業、個人とも)/多重債務/過払い金回収/家事事件(離婚、相続)/外国人事件
「マイルストーン」には道しるべ、という意味があります。私たち弁護士がご相談を受ける方々は、何らかのトラブルを抱え、どうしたらよいか、わからない不安に苛まれて日々を過ごされている方々がほとんどです。そういう皆様の「みちしるべ」になれれば、という思いで、この名前を付けました。
■所属弁護士会
東京弁護士会