論文マスターによって基礎マスターが活かせるようになり法律の勉強が始まった

\法科大学院ルートで司法試験合格 /
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F.Lさん: 一橋大学法科大学院(既修)修了
◆ 出 身 大 学 /  一橋大学法学部卒業

受講講座
司法試験入門講座本科生+リーガルトレーニング、司法試験全国統一模試など

※プロフィールは、2020年度合格時点のものです。

はじめに

大学生時、法学部に入学したため、漠然と司法試験が意識にあった。しかし、当時受験指導校は付近になかったため、本格的に勉強する気持ちにはなれなかった。しかし、漠然といつかは受けたいという気持ちで過ごしていた。そんな司法試験を受験するか考えていた頃、近所に伊藤塾ができた。入学当初から、司法試験を目指していた友人は、みな伊藤塾に入塾していた。司法試験を受けるかアドバイスをもらっていた先輩方もみな伊藤塾生であった。そのため、特に悩まずに、伊藤塾へ入塾した。今考えれば、シェアが大きい受験指導校に入ることは試験における自身の立ち位置を把握するうえで有用だったとおもう。

 私の勉強法

<基礎学習について>

1年目は、あまり丁寧に受講していなかった。思い返せばこの頃、ちゃんと聴いていれば早期合格できたかもしれない。伊藤塾の講座はボリュームが多いため効率よく受講する必要があると思った。本格的に学習を始めたのは、法科大学院入試前であった。しかし、基礎マスター講座は聴き流してしまって、特に身にならなかった。つまり、よく言われる聴いたつもりになって何も理解していない学生だった。そのあと、論文マスターを受講して、論文の型が見えるようになってはじめて、基礎マスターが使えるようになった。すなわち、論文の型という骨格が見えたことで、基礎マスターで得られる知識という肉がどこにつくのか、また、どのくらいつければいいのかがおおよそつかめるようになり、それが基礎マスターの知識の定着を高めた。これにより、論文の型→基礎知識の確認→論文での使い方という流れができて、初めて法律の勉強をしている実感が持てた。この実感は自分の中では大きな変化であり、基礎マスターの一番役にたったところであった。あと、私は基本的に書き込むのが嫌いで、あまり書き込まなかったが、これは失敗だった。どんどん書き込んで、自分が基本書で学んだ知識は全て書き換えるくらいの気持ちで教材を使えばよかった。なぜなら、自分は書くことで理解、暗記をするタイプだったからだ。長年基礎マスターを読んで全く身にならなかったが、上記のように論文の型がわかったあとに、コメントを書き込んだらするする理解できたのは、このメモの役割も大きかったものと考える。
論文マスターは、法科大学院受験時にまとめて受講した。個人的には、論文マスターによって法律の勉強が始まったと感じた。論文マスターを暗記し始めることで基礎マスターの内容が理解できるようになってきた。先ほど、基礎マスターのところでも記載したが、論文マスターによって、基礎マスターが活かせるようになり、法律の勉強が始まった。基礎マスターで知識を得たあとは、また論文マスターに戻った。その際は、今度は型だけでなく、どの程度の厚さで記述するのかを理解した。さらにそのあと、規範の暗記、あてはめの事実の種類、あてはめの順番を覚えるために使った。試験が終わった今となっては、極端に言えば、この作業こそが、司法試験の勉強であり、あとは知識の肉付けだけであったと感じる。

法科大学院での学習について

最新の論点に触れることができた点はよかった。もっとも、その論点を深めることはなく、その論点に至る基礎知識を復習することが試験対策となった。

 <法科大学院別対策講座を受講して>

論文マスターをやれば十分合格できる。

司法試験に向けた学習について

 

<司法試験対策に必要となる勉強について>

司法試験対策は、司法試験の過去問で、時間配分と出題傾向をつかんだ。あとは、論文ナビゲートテキストの暗記をメインに行った。暗記といっても、規範を覚えるだけでなく、あてはめかた、すなわち該当する事実はいかなるものか、また、それをどのような順番で書くか、を徹底して覚えた。現場思考問題があることを考えれば、論証集にある論証はそれくらいしてよいとおもう。私は、暗記を不正確に行ったため、当日普通ならあり得ないミスをした。合格したからよいものの、落ちていたら一生悔やみきれなかっただろう。当日の負担を減らすためにも正確な暗記は必須であると考える。

 おわりに

伊藤塾を利用して、自分の思考、答案作成技術の基礎ができるとともに叩き台ができたと感じる。司法試験を受験するうえで伊藤塾の答案をみないことはないと思う。巷では、悪い答案として扱われることも多くなってきたが、その全てが誤っていれば、これまで多くの合格者を出すこともなかっただろう。自分の審美眼を育てる意味でも、伊藤塾の教材を必死に勉強することは自分の受験において必要な道のりであったと強く感じる。私は予備試験に合格できず、法科大学院の最終学年を終えたとき、とても不安だった。同級生は社会で活躍している。法科大学院の同期もみな予備試験に合格しており、自分の学習の正確性に少なからずの裏付がある。私には何もなかった。この試験で受かるしかない。背水の陣と言えば、聞こえはよいが、実際は不安だらけだった。しかし、受かったあと、ネットを見れば、自分と同じような人がたくさんいたことに気づいた。私は、不安で視野が狭くなり、また不安になる連鎖の中にいたのだ。来年受ける人の中にも同じになってしまう人がいると思う。今は、余裕かもしれないが、試験が近づくとそうなる人が生まれるはずだ。そんな人に送りたい。あなただけじゃないよ、そして、そんなあなたでも絶対に合格できるよ、肩の力を抜いて行っておいで、と。