第368回 氷上の金メダルと憲法13条

受験生の皆さんの中には、「オリンピックなど見ている暇はない」と思っている方も多いかもしれません。もちろん、いま最優先すべきは目の前の勉強です。しかし、ときにスポーツの世界が、私たちに憲法の核心を照らし出してくれることがあります。
ミラノ・コルティナ冬期オリンピックで金メダルを獲得したアリサ・リュウ選手が話題になりました。ショート3位からの逆転優勝でした。自由かつ圧巻の演技後、彼女はこう語りました。
“I just really love sharing my story, my art, and the process of creating. Even if I make mistakes, nothing is lost — something still remains. It still becomes a story. Even a bad story is still a story, and I think that’s beautiful.”
「私は自分の物語や芸術、創造のプロセスを共有するのが好き。ミスをしても何かは残る。悪い物語もやはり物語で、それは美しいと思う。」
結果ではなく「物語」。成功ではなく「創造の過程」。この発想の転換は、結果ではなく過程を尊重する憲法13条の幸福追求権の発想そのものです。
私は、この13条が幸福権(right of happiness)ではなく、幸福“追求”権(pursuit of happiness)として規定されていることに、従来から着目してきました。幸福という結果ではなく、それを追い求める過程こそが尊重されるべき人権であるという考え方です。今年7月アメリカは建国250年を迎えますが、日本国憲法13条の源流は、1776年のアメリカ独立宣言に遡ります。
彼女は13歳で全米選手権を制した神童でした。しかし16歳で一度引退します。その後、エベレスト・ベースキャンプへの挑戦や大学生活を経て、自分の意思で復帰しました。一度スケートから離れ、再び自分が最も好きで楽しむべきはスケートだと自覚してこの道に戻るまでの様々な経験は、確実に彼女の芸術としての演技の糧になっています。紆余曲折があっても、そのすべての過程に意味があるということの実証です。
リュウ選手は「メダルは必要なかった。必要だったのはステージ」と語りました。この言葉は、競争社会の論理を反転させます。勝つために存在するのではない。自分を表現するために存在する。まさに表現の自由の本質である自己実現の価値そのものです。その結果として勝利がついてくる。こうした一見綺麗ごとにも聞こえる言葉が、決して空虚な理想論ではないことを、彼女は体現しています。
私はよく「試験は自分との闘いだ」と言います。受験仲間をライバルとして見るのではなく、負けそうになる自分との闘いだという趣旨です。しかし、そもそも「闘う」という発想自体が違うのかもしれません。彼女は競技を闘いとは見ていません。自分を表現し、自分の物語を紡ぐ自己実現の舞台として見ているのです。競う相手がいないのですから、緊張する理由もない。この発想の転換は、スケートや競争から離れて自分と向き合った、一見無駄に見える時間の中で獲得したものなのでしょう。まさに「有効な無駄」です。
法律の勉強も自分との闘いという厳しさはあるものの、それだけではなく、法律を学ぶこと自体を楽しむことができればこれほど強いものはないということです。実際、合格者の中には本試験でどんな問題が出るのか楽しみでわくわくしながら受けてきたという人がいます。本試験も自分を成長させる一つの舞台なのだから、意外性も含めて精一杯楽しんでくればいいという発想は、試験を結果でみるのではなく、自分自身の成長の過程、物語の一部として位置づけるもので、そうした考え自体が大きな強みになります。冒頭のリュウ選手の言葉は、「なぜそんなに緊張せず、楽しそうに滑れるのか」というインタビューへの返答です。
さらに彼女は、「以前は自分にコントロール権がなかった」と明言しています。日本国憲法13条は、「すべて国民は、個人として尊重される」と定めます。個人の尊厳、個性、人格の尊重。それは、他者の設計図に従って生きるのではなく、自分の物語を自分で選ぶことができるという自己決定権につながります。
幸福追求権の一内容として語られる自己決定権ですが、自分がどの道に進むのか、何に打ち込みたいのか、そして身体をどう使うか、どのように表現するか――それは人格の核心に属する事項です。
リュウ選手は、髪色について「審査に影響するかもしれない」と言われた際、「それが許されないならスケートを辞める」との趣旨を示したと報じられました。髪色は競技の安全や公平性と直接関係しません。それでも「印象」によって行動が規制される。これは明文化されない同調圧力の典型です。
スポーツの世界では、形式的自由と実質的同調圧力が併存します。特にフィギュアのような採点競技では、技術点だけでなく主観的評価が入り込み、「らしさ」や伝統的美意識が暗黙のうちに基準となり得ます。
しかし、憲法13条の視点から見れば、髪型などの身仕舞いや身体の自己決定権は個人の人格的生存にかかわる重要な私的事項ですから、これを自律的に決定できる自由として最大限尊重されるべきです。もちろんオリンピックなどの国際競技を国家と同視して人権を語れるかは議論の余地があります。ですが、選手にとって国際競技のルールや暗黙の了解事項が相当な圧力となって自由を制約していることは事実だと思われます。自己決定権を尊重するという立場からは、単なる美的統一や印象管理のための制約は、極めて慎重でなければなりません。
オリンピック憲章は、スポーツを行うことを人権と位置づけ、差別なき参加を基本原則としています。さらに、ICCPR(市民的及び政治的権利に関する国際規約)は、私生活の保護(17条)や表現の自由(19条)を保障します。身体表現は単なる外見ではありません。人格の表現そのものです。
従来からフィギュアスケートの世界では、髪型、化粧、衣装などを競技の常識に合わせて最適化していくことは勝つためには不可欠だという理由で、コーチは本人のためを思って指導し選手の自由を規制してきたのだと思います。まさに本人のために人権を制限するパターナリスティックな制限(自己加害防止)そのものです。
ですが、そのような制限は、本人の人格的自律そのものを回復不可能な程度に永続的に害する場合に例外的に許されるだけだと考えた場合、対国家のみならず、私人間においても「本人のため」を理由とする人権制限には相当慎重でなければなりません。たとえ父親であっても、子どもは父親による「保護の客体」に留まるものではなく、あくまでも主体的に生きる「権利の主体」としてみなければなりません。これは子どもの権利条約の基本的な理念でもあります。
リュウ選手の父親との関係も示唆的です。中国での政治的混乱を経験した移民第一世代として厳しい競争を勝ち抜いてきた父は、娘の成功を設計しようとして約100万ドルを投じて娘のキャリアを管理したと報じられています しかし彼女は言います。「彼は素晴らしい父親。ただ、以前ほど関与してほしくはなかった。」
これは否定ではなく、境界線の設定です。ここにも自己決定があります。子どもの才能を伸ばすことと、人生を設計することは違います。たとえ「英才教育」であっても、教育は子どもの物語を奪ってはならないのです。
ミラノのリンクでは、日本の坂本花織選手もまた涙を流しました 勝者と敗者。そのコントラストは残酷です。しかしリュウ選手の言葉に従えば、「悪い物語もやはり物語」です。挫折もまた人格形成の一部であり、美しさを持つのです。
受験生の皆さんは模試や本試験で失敗することもあるでしょう。懸命に頑張ったのに合格点にあと少しで届かないこともあるかもしれません。しかし、それもあなたの物語の一部です。結果だけで自分を評価してはなりません。これは、裁判で負けたり対外的な活動でうまくいかないことがある自分に向けて改めて言い聞かせていることでもあります。綺麗ごとではなく、試験に向けた勉強の中で、こうして合格も不合格も自分の人生にとっては等価値であり、どちらも意味があると考えることができれば、ときに想定外の苦難も訪れることがある人生の荒波を生き抜く大きな力になります。
憲法は、国家を縛る法であると同時に、私たちの生き方を支える理念です。「個人として尊重される」という言葉は、抽象的なスローガンではありません。自分の人生を自分で選び取る権利を保障することにつながります。そのために、国家も社会も制度も、あなたを道具にしてはならないという宣言です。
スポーツの世界はしばしば国家的栄光と結びつきます。今回も、彼女の金メダルは国際政治の文脈で語られました しかし本質はそこではないでしょう。国家の物語ではなく、あくまでも個人の物語。そこに焦点を当てたとき、私たちは初めて「法の支配」と「個人の尊重」の意味を理解できます。
リュウ選手は、氷上で自分の物語を語りました。私たちは、教室で、法廷で、社会の中で、自分の物語をどう語るのでしょうか。結果に怯えるのではなく、物語を生きる。試験も裁判もどんな仕事もうまくいくこともあれば、いかないこともある。ですが、全て自分の人生の貴重な一コマであり大切な自分の物語の一部です。
悪い物語もやはり物語であり、美しい。この言葉を胸に、今日も机に向かってください。皆さんの人生もまた、唯一無二の物語です。自信を持って堂々と、そして淡々と前に進んでください。
伊藤 真
司法試験・公務員試験対策の「伊藤塾」塾長・伊藤真の連載コーナーです。
メールマガジン「伊藤塾通信」で発信しています。
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