第372回 皇位継承と個人の尊厳

王政のイギリスから250年前に独立した共和制の米国では、トランプ大統領が、まるでマッチョな王のようにふるまっていると批判されています。他方、欧州では、かつて多くの王室で「男子優先」の継承法が採用されていましたが、現在では多くの国でこれが改められ、男女の区別なく長子が君主となる道が開かれています。これにより、スウェーデン、ベルギー、オランダ、スペイン、ノルウェーでは、女性が次代の君主として即位することが確実視されています。
他方、日本では、国旗損壊罪や緊急事態条項については「外国と同じように認めるべきだ」と主張する保守派の議員が、皇位継承については、断じて女性天皇・女系天皇を認めたくないようです。天皇制そのものの是非については様々な議論がありますが、ここでは、憲法が規定する天皇制を存続させるという前提で、皇位継承問題を考えてみます。
憲法は、「皇位は、世襲のもの」と規定し(憲法2条)、皇室典範第1条は、「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と定めています。また、皇室典範第9条により、天皇及び皇族には養子が認められていません。このまま皇室典範を改正しなければ、悠仁親王に男子が誕生しない場合、将来的に皇位継承資格者が存在しなくなる可能性があります。これは、制度の存続に関わる問題です。
もっとも、現在の危機は突然生じたものではありません。男系男子による継承は、歴代の天皇や皇族男子から継続的に男子が誕生することを前提として、初めて成り立つ制度です。しかし、人間の出生は制度の都合に合わせて操作できるものではありません。男子が必ず生まれるという保証は、どこにもありません。
過去に男系継承が長期間維持されてきた背景には、非嫡系による皇位継承、すなわち側室制度の存在がありました。皇后の嫡子による継承が最も望ましいとされながらも、皇后が必ず皇子を産むとは限らないため、側室の子によって継承されてきたのです。歴代天皇の中には、側室の子として生まれた天皇が少なくありません。明治天皇も大正天皇も側室の子でした。つまり、男系継承は、近代以前の家制度や側室制度、さらには養子による家の継続と結びつくことで、かろうじて維持されてきた面があります。
しかし、大正天皇以降、歴代天皇は側室を持たなくなりました。さらに、1947年に現行皇室典範が制定された際には、社会倫理の変化を背景として、皇位継承資格を有するのは嫡出子に限られました。同じ年には、旧11宮家の51名が一斉に皇籍を離脱します。こうして、男系男子に限定する制度でありながら、それを支えてきた側室制度も、広い皇族層も失われました。現在の危機は、この制度的矛盾が時間をかけて表面化したものです。
こうした状況を受け、国会では二つの案が議論されています。第一は、女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持する案です。第二は、旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎える案です。いずれも、皇族数の減少に対応するための方策とされています。
女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持する案には、一定の合理性があります。これにより、皇族数を当面維持することができ、公務の担い手を確保することができると思われるからです。象徴天皇制が国民の理解と信頼によって支えられる制度である以上、国民に親しまれ、信頼されている女性皇族が結婚後も皇室に残ることには、一定の意義があります。
しかし、この案にも重要な問題があります。女性皇族本人のみを皇族とし、夫や子どもを一般国民のままとする場合、同じ家庭の中に皇族と一般国民という身分差が生じます。これは制度として不自然です。一般の夫婦は婚姻によって同じ戸籍に記載されますが、皇族は戸籍ではなく皇統譜に登録されます。したがって、女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持する場合、夫婦が同一戸籍とはならないわけで、この点だけを見れば、選択的夫婦別姓のさらに先を行くような進歩的な制度にも見えてしまいます。
他方で、配偶者や子どもにも皇族の身分を認めれば、女系天皇を認めることにつながるのではないかという反対論が出てきます。結局、女性皇族の身分保持だけを認めても、その家族をどう位置づけるかという問題を避けて通ることはできません。
第二の案である、旧11宮家の男系男子を養子として皇族に迎える制度は、男系継承を維持しつつ、皇位継承者候補を増やすことができるとされます。男系男子継承を前提とする立場からすれば、有力な案に見えるかもしれません。
しかし、この案にはより深刻な問題があります。旧宮家の方々は、1947年以降、長く一般国民として生活してきました。その方々を、男系男子であるという理由によって特別に皇族へ迎えることは、一般国民の中から特定の家系に属する男性だけを特別扱いすることを意味します。これは、憲法14条が禁止する「門地」による差別との関係で、重大な疑義を生じさせます。
もちろん、天皇および皇室制度は、憲法上、一般の平等原則とは異なる特別な地位を認められています。天皇は世襲とされ、皇室制度そのものが憲法14条の例外的制度であることは否定できません。しかし、例外であるからこそ、その範囲は厳格に限定されなければなりません。憲法上の例外をさらに拡大し、一般国民の中から特定の血筋に属する男性だけを皇族にすることには、慎重であるべきです。
そもそも、現行皇室典範が皇族の養子を認めていないのは、皇位継承に人為的・政治的な操作が入り込むことを避けるためであったと考えられます。養子制度を認めれば、誰を皇族に迎えるかが政治的判断の対象となります。その結果、皇位継承が政争の道具にされたり、養子を送り出す側の権威付けに利用されたりする危険があります。象徴天皇制は、天皇が政治権力を持たないことによって成り立っています(憲法4条)。その透明性と非政治性を維持するためにも、皇位継承制度に政治的裁量が入り込む余地は、できるだけ小さくする必要があります。
さらに、男系男子に固執することは、皇族女性や民間から皇室に入る女性に過重な負担を課します。男系男子に限る制度を維持する限り、女性には「男子を産まなければならない」という強いプレッシャ-がかかります。子どもを授かること自体、個人の努力や意思だけで決められるものではありません。まして、男子を産むことを制度的に期待されることは、女性の心身に大きな負担を与えます。
これは単なる私的な問題ではありません。皇位継承制度がそのような圧力を構造的に生み出しているとすれば、それは人権問題です。皇族であるから、あるいは皇室に入ったからといって、人間としての尊厳が否定されてよいわけではありません。憲法13条は、すべて国民が個人として尊重されることを定めています。皇族の人権保障には特殊性があるとしても、皇族を国家制度維持のための道具として扱ってよいことにはなりません。
尊厳とは、人間を単なる手段として扱ってはならないということです。国家のため、伝統のため、国体のためであれば、生身の人間が犠牲になってもやむを得ないという発想は、戦前の発想であり、日本国憲法の理念に反します。天皇や皇族は、制度の構成要素である前に、一人ひとりの人間です。その当然の事実を見失ってはならないと考えます。
この点で、女性天皇・女系天皇の議論を避けたまま、女性皇族の身分保持や旧宮家男子の養子案だけを拙速に進めることには反対です。皇位継承の安定性を真剣に考えるならば、女性天皇や女系天皇を含めた議論を避けるべきではありません。むしろ、直系・長子優先の制度こそ、現代憲法の理念により適合的な選択肢ではないでしょうか。
天皇は、日本国憲法第1条において、「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」とされています。そして、その地位は「主権の存する日本国民の総意に基く」とされています。ここで重要なのは、天皇の地位が一部の国会議員の意思ではなく、国民の総意に基づくとされていることです。象徴天皇制を支えるものは、国民の理解と信頼です。国民の多くが男女平等を当然の価値として受け入れている現代において、なお男系男子に固執する制度が、国民統合の象徴としてふさわしいのかを問い直す必要があります。
男系男子に限定する制度は、国民の半数である女性を象徴の担い手から排除する制度でもあります。天皇が国民統合の象徴であるならば、その制度は男女を分断するものであってはなりません。女性は象徴になれない、女性の血筋では皇位を継承できないという制度が、男女平等を基本原理とする社会において、どれほど説得力を持つのか。これは避けて通れない問いです。
伝統を重視する立場から、男系男子継承を維持すべきだという主張もあります。しかし、憲法上の例外を拡大するのであれば、その根拠となる伝統は、国民が納得できる形で説明されなければなりません。「神武天皇以来の男系の伝統」といわれますが、第2代から第9代までは欠史八代といわれるように、歴史的記録が乏しい部分があります。したがって、男系が絶えることなく続いてきたという説明については、学問的裏付けが不十分です。また、日本の歴史には、推古天皇をはじめ重要な役割を果たした女性天皇も存在しました。男系男子だけが唯一絶対の伝統であるかのように語ることは、必ずしも正確ではありません。
むしろ、現代の象徴天皇制において問われるべきは、明治期以来の国家中心的な皇室観や、男尊女卑的な価値観をそのまま維持することではありません。日本国憲法のもとで、個人の尊厳、男女平等、国民主権と調和する皇室制度をどのように構築するかです。憲法よりも伝統を優先するのではなく、憲法の理念に照らして、伝統の意味を問い直す必要があります。
皇室典範改正は、皇位継承者を増やすための制度改正にとどまりません。それは、象徴天皇制を今後も維持するために、どのような価値を基礎に置くのかを問うものです。男系男子にこだわり続けることによって、女性皇族や皇室に入る女性に過酷な負担を課し、一般国民の中から特定の家系の男性だけを皇族に迎える制度を作ることが、本当に憲法に適合的なのか。そこには大きな疑問があります。
必要なのは、皇室制度の安定と、個人の尊厳を対立させない制度設計です。そのためには、女性天皇・女系天皇を含め、直系・長子優先の皇位継承制度を正面から検討すべきです。これは男女平等の理念にかなうだけではありません。皇位継承を男子出生の有無に過度に依存させないという意味で、制度の安定にも資するものと考えます。
天皇は国民統合の象徴です。そうであるならば、その制度は国民を分断するものであってはなりません。男性か女性か、男系か女系かによって人間の価値を区別する制度ではなく、個人の尊厳と国民の総意に支えられた制度であるべきです。皇室典範改正問題は、まさにその方向へ進むための重要な機会です。今こそ、国家や伝統の名のもとに生身の人間を犠牲にする発想から脱し、憲法の原点である個人の尊厳に立ち返るべきです。
伊藤 真
司法試験・公務員試験対策の「伊藤塾」塾長・伊藤真の連載コーナーです。
メールマガジン「伊藤塾通信」で発信しています。
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