第330回 謹賀新年 戦争と平和

2023年は、1868年の明治維新から近代国家を創り上げてきて155年目になります。明治維新から近代国家づくりをしてきた日本ですが、1945年の敗戦までの前半77年間は戦争し続けた国でした。戦後の後半77年間は、昨年まで日本国憲法の下で戦争しない国であり続けることができました。もちろんそれが沖縄の犠牲の上に成り立っていた事実を忘れてはなりませんが、それでも国家としての戦争を行わないで77年間国家を維持することができました。しかし、昨年は、平和国家の在り方という点では、敗戦という折り返し地点から近代国家づくりのスタートライン(明治維新)に戻ってしまった感が否めません。ここに来てまた戦前と同じような軍事優先国家をめざそうとしています。資金、技術、学問研究などあらゆることを軍事につぎ込み、日本版先軍政治をめざそうとしているようです。私たち国民、市民の覚悟が問われているように思います。
戦前の我が国がそうだったように、軍事的な組織を統制することは極めて難しいものです。特に文民統制は困難を極めます。そもそも軍事情報は秘密にしておかなければ、相手国に出し抜かれてしまいます。政治家も軍事の専門家ではないので、軍部から出てきた情報を吟味する能力に欠けることも多いです。その上、日本の軍事情報はその相当程度を米国に依存せざるを得ません。相手国がミサイルを発射しようとしているかどうかの判断は、日本独自の情報だけでは不可能です。
ですが、安全保障政策をどうするかはあくまでも主権者たる国民が判断するべきものです。なぜなら、その失敗はすべて国民の加害・被害として国民が責任を取らされることになるからです。アジア・太平洋戦争(15年戦争)において、臣民は大本営発表を信じ込まされて情報を得るだけの目と耳が閉ざされ、ものを言う口もふさがれていたため、悲劇を避けることはできなかったが、それは仕方がなかったと言い訳ができました。しかし、現在は国民が主権者です。この日本という国が行った国家行為のすべては主権者たる国民が責任を負うのであり、その責任を逃れることはできません。
そんな中で、防衛省がAIを使ってSNSで国内世論を誘導する工作の研究に着手したとの報道がありました。インフルエンサーが無意識のうちに防衛省に有利な情報を発信するように仕向け、防衛政策への支持を広げたり、有事の際、特定国への敵対心を醸成し、国民の反戦・厭戦気運を払拭するネット空間でのトレンドづくりを目標にしているそうです(共同通信2022年12月9日配信)。
ウクライナ戦争は、核兵器を保有する国に対しては抑止が働かないこと、そして抑止は破られることを明らかにしました。こうしたウクライナ戦争の教訓を何も活かすことなく、軍事的なるものが必要ではないかという国民の不安に乗じて、日本が専守防衛の国から敵基地攻撃能力(反撃能力)を保有し、先制攻撃も辞さない国に変貌しようとしています。戦争の危険性をより高める方向へ進むという姿勢には明確に反対です。憲法9条を無視しているという法的な観点からだけでなく、私たちの命と生活を守るという安全保障政策の観点からも反対せざるを得ません。日本弁護士連合会も明確な反対の意見書を発表しています(2022年12月16日)。
抑止力を高めて国を守るといいますが、抑止力とは相手を叩くだけの能力と意思があることを相手に見せつけて、脅威を感じさせることによって手を出させないようにすることです。つまり日本には戦争する意思があるということを相手に理解させなければなりません。これまでは専守防衛政策の下で防御的抑止に留まっていましたが、敵基地攻撃となると懲罰的抑止まで踏み込むことになります。果たして、私たち一人ひとりに戦争する覚悟があるのでしょうか。
こちらが敵基地攻撃能力を高めれば、相手がそれに脅威を感じて攻撃してくることはない、そして日本が敵基地や敵の中枢を攻撃しても日本に向けての反撃はない、特に原発を攻撃されることは一切ないと信じているのでしょうか。だとしたら、あまりに楽観的にすぎます。
他国から攻撃を受けた際の「やられっぱなしでいいのか」という感情論はむしろ国民の被害を拡大するだけです。ウクライナはあれだけやられながら、ロシアの軍事基地や中枢を攻撃することをあえて控えています。その後の悲惨な事態を想定して避けているからです。ところが日本は核保有国に対して、その領土内を攻撃する能力と意思を持とうとしているのです。反撃能力という名目で際限のない軍拡競争、税金の無駄遣いが始まります。抑止力の名の下で敵基地攻撃能力を高めて相手に「脅威を与える」ことと、専守防衛に徹して日本から攻撃することはないという「安心を供与」することとどちらが日本の安全保障に資するかは冷静に合理的に、そして現実的に判断しなければなりません。
一時期、ヒトラーの後継者として指名されたヘルマン・ゲーリングは、 ニュールンベルグ裁判で死刑判決を受けた後、獄中で取材に応えて、「国の政策を決めるのは 指導者です。それに人々を従わせるのはどんな政治体制であろうと、常に簡単なことです。我々は攻撃されかかっているのだとあおり、平和主義者に対しては愛国心が欠けているし、国を危険にさらしていると非難すればよいのです。この方法はどんな国でもうまくいきますよ。」と言い残しています。この言葉を今一度私たち自身に言い聞かせる必要があります。
我が国では、ウクライナ戦争や北朝鮮のミサイル情報などによって不安を煽られていますが、こういうときこそ、冷静なバランス感覚が必要なのではないでしょうか。ロシアを非難する国と同調する国、どちらでもない国の割合はちょうど3分の1ずつで、世界はロシア非難の国ばかりではありません。そうした現実を認識した上で、では自分はどう考えるのかを主体的に選び取っていかなければなりません。
私は、40年前から憲法の「個人の尊重」(個人の尊厳)を訴え続け、その説明をするときに当初は、「人は皆同じ、人は皆違う」と説明してきました。ですが、少し前から前後を逆にして「人は皆違う、人は皆同じ」と説明するようにしています。個人を尊重するためには、お互いの違いを認識し認め合うことがまず前提として必要だし、それが多様性の尊重、SDGsなどの時代の流れとも整合すると考えたからです。この差異に着目するということを生活の中でも自分の基軸として持っておくと、いろいろな場面で楽になります。他者と意見が違って当たり前、好き嫌いは皆違って当たり前、容姿も内面も皆違って当たり前、合格のタイミングも人と違って当たり前。このように個人のレベルで種々違うのだから、個人が集まった社会や国家もそれぞれ違って当たり前と認識することで、国家間での相互理解の出発点が確保できます。
私は哲学に関しては聞きかじりだけの素人なのですが、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズが二項対立の基本として同一性と差異の対立をあげ、しかも同一性よりも差異が先立つ、世界は差異から出来ているという解釈に接したときに、これだと思いました。
昨日の自分と今日の自分とは異なりますが、でも同じ自分です。時間軸をとって見てもまず差異からできているのです。生理学的にも細胞が入れ替わって別人になっているはずですが、同じ私です。昨年の自分と今年の自分は同じ自分ですが、そもそも違っているはずです。同じという側面を強調して、同じように生きるのか、違うという面を意識して違う生き方をするのか、それは自分で決めることができます。こうなりたいという自分に向かって変化している過程が今なのだと考えることで、今を大切にすることの意味をより理解できるのではないでしょうか。
昨年はウクライナ戦争に始まり、中国・台湾の緊張、北朝鮮のミサイル問題、そして日本の国防政策の大転換など戦争に関わる軍事問題がクローズアップされた年でした。このように軍事が前面に出てくる社会は避けたいし、戦争はまっぴらごめんと思います。ですが、そんなに日本国民が軍事力による国防ばかりを求めたいのなら、しっかりと憲法改正して軍隊を持ち徴兵制も導入して、自らの手で日本を守る気概を示したらいいのです。
アメリカから使えもしない高額な武器を爆買いすることに莫大な税金を使い、そのための増税や福祉の削減をすることで国民皆で痛みを分かち合うようにすればいいのです。戦争する国においては、兵士が戦死するのみならず、PTSDなど精神疾患から自殺する帰還兵が戦死者の何倍もいるのが現実です。それをしっかり受け入れて自衛官募集に力を入れ、それでも集まらなければ徴兵制にしたらいいのです。自分の国は自分で守るというのですから、国民皆兵は基本でしょう。国民主権の国においては、すべてが国民の責任に跳ね返ってくるのですから、国民がこれらを受け入れるということです。こうした覚悟が私たち国民にどこまであるのでしょうか。
ですが、世界は時間的であって、すべては動いて変化しているただ中にある、「あらゆる事物は異なる状態になる途中である」とドゥルーズのように理解すると少しだけ希望が持てるようになります。戦争か平和かという二項対立で片付けられるほど世界は単純ではないこと、戦争状態か平和かという問題も自分の認識の世界にすぎないのであって、客観的にそこに存在するものではないということを前提にしたとしても、それでも自分の意思でどちらに向かいたいのかをしっかりと意識することは必要だと考えます。そして、今の戦争状態や軍事優先社会は実は平和に向かう過程なのだと自分に言い聞かせて、どこまでも諦めることなく、平和を訴え続けていきたいと思います。世界中の人々にとってよい一年になることを心から願っています。
以下の資料もあわせてお読みいただければ、今回のテーマについてより理解を深めることができます。是非ご覧ください。
・日本弁護士連合会 「敵基地攻撃能力」ないし「反撃能力」の保有に反対する意見書
・平和構想研究会 平和構想提言
伊藤 真
司法試験・公務員試験対策の「伊藤塾」塾長・伊藤真の連載コーナーです。
メールマガジン「伊藤塾通信」で発信しています。
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