2025.12.01

第365回 台湾有事と立憲主義

 近時、高市首相によるいわゆる「台湾有事」に関する発言をめぐり、日中関係が多方面で緊張を高めています。報道を目にするたび、私は「あらためて憲法と国際法の基本から考える必要がある」と痛感しています。政治家の発言はしばしば外交的メッセージを持ちますが、特に軍事にかかわる発言は相手国の反応を踏まえた慎重さが求められます。今回の問題は、まさにその典型例であるといえるでしょう。

 

 2025年11月7日の衆議院予算委員会において、高市首相は台湾有事について問われた際、「最悪の事態を想定することが非常に重要」であると述べ、さらには「武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースである」と言及しました。この発言が中国側の警戒を強め、翌日以降、中国外交当局から強い反発が相次ぎました。外交関係において、言葉は時として武器以上に鋭利になり得ます。相手国が「自国の核心的利益」にかかわると位置づけているテーマであればなおさらです。

 

 一方で、国内世論を見ると、同じテーマに対する受け止め方は中国と大きく異なります。共同通信が11月中旬に行った世論調査では、台湾有事の際に日本が集団的自衛権を行使するべきかについて、賛成が48.8%、反対44.2%と拮抗しつつも賛成がわずかに上回りました。高市政権の支持率も70%台を維持していることから、国民の間にこの発言への支持も少なからず広がっていることが伺われます。

 

 しかし、危機感が高まる時こそ、私たちは冷静に法的基盤に立ち返らなければなりません。感情ではなく、憲法と国際法に基づく判断を積み重ねることこそ、民主主義社会の成熟を支える柱だからです。

 

 まず前提として確認したいのは、憲法と条約の関係です。憲法73条3号但書は、条約の締結に際して国会の承認を求めていますが国会承認を要しない条約もありますし、省庁間の覚書など様々な形式の文書も多く存在します。しかし、それらも広義の条約として憲法98条2項により「誠実に遵守」する義務が課されます。つまり、一度政府が国際的に合意した約束は、政権が変わっても継承されるのです。立憲主義とはそうした国家の自己拘束を意味します。

 

 さらに、首相を含めすべての公務員は憲法99条により憲法尊重擁護の義務を負っています。国際約束を恣意的に扱ったり、過去の合意を軽視したりすることは許されません。国際社会は法と信頼によって維持されています。日本が立憲主義に基づく法の支配の国家であり続けるためにも、既存の国際文書の位置づけを丁寧に確認する姿勢が欠かせません。「忘れてよい約束」など一つもありません。

 

 そこで重要になるのが、日本と中国の間に存在する一連の基本文書です。最初に確認すべきは、1972年の「日中共同声明」です。声明という形式をとっていますが、国交正常化を定めた極めて重要な条約です。声明には、日本政府が「中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として承認する」(2項)こと、そして「台湾が中国の領土の不可分の一部である」という中国側の立場を「十分理解し、尊重する」(3項)ことが明記されています。

 

 この文言こそ、日本政府が現在に至るまで公式に維持している立場です。台湾問題を論じる際には、必ず1972年声明に立ち返って整理する必要があります。また、この声明には「両国のいずれも、アジア・太平洋地域において覇権を求めるべきではない」(7項)という反覇権条項も盛り込まれています。冷戦時代にはソ連を念頭に置いたものでしたが、今日的観点から見れば、武力による一方的な現状変更を戒める原則として再評価することができます。

 

 1978年の日中平和友好条約、1998年の共同宣言、そして2008年の戦略的互恵関係に関する共同声明も、これを補強する枠組みです。2025年10月31日に高市首相と習近平主席が会談し、この戦略的互恵関係の推進を再確認したことは、これまでの基本路線を維持する姿勢の表れです。

 

 では、中国が台湾に武力を行使した場合、日本は直ちに「存立危機事態」となるのでしょうか。この点についての誤解が世論にも広がっているように見えます。結論からいえば、台湾への攻撃のみで日本が自動的に存立危機事態に入るわけではありません。まず、台湾への攻撃は、日本への武力攻撃ではありませんから、自衛隊法76条1項1号の武力攻撃事態には該当しません。

 

 ただし、米軍が台湾防衛に介入し、その米軍に対して中国側が武力攻撃を行った場合には、初めて「密接な関係にある他国が攻撃された場合」として、存立危機事態の認定が議論されます。しかしその場合、日本が攻撃を受けていない段階で、日本から中国に武力行使することを検討するのですから、中国から見れば日本が先に攻撃してきたと受け取られてしまうのです。中国側の強い反発は、この構造に対する敏感な警戒心の現れでもあります。

 

 そして、ここで忘れてはならないのは、日本と中国との政治体制の違いです。日本では政権の正統性は選挙を通じた国民の信託によって生まれますが、中国共産党政権の正統性は歴史的・革命的文脈の中に位置づけられています。国民党と共産党との内戦において、共産党が勝利して統一を果たしたということです。

 

実際は、国民党は共産党との内戦に敗れ1949年に中華民国政府とともに台湾へ撤退した後も台湾の政権・政治勢力として現在まで続いています。よって、この国共内戦勝利という点においては未完と言わざるをえません。国共内戦の勝利は台湾の解放によってようやく完結するのです。台湾が仮に中国から分離して独立するとなると、この国共内戦の勝利という中国共産党政権が持つ正統性の根拠の1つが失われることになります。

 

このように中国における台湾問題は国共内戦の延長線上にあるため、台湾独立は政権の正統性を揺るがす問題であり、だからこそ、中国政府は「台湾問題は中国の核心的利益」であると繰り返し表明してきたのです。この歴史的背景を理解しなければ、中国の敏感な反応を読み誤ることになります。

 

このように台湾問題は日中双方にとって極めてデリケートな領域です。日本もアメリカも長年にわたり「戦略的曖昧性」を維持してきました。台湾独立を支持するわけでもなく、中国の武力侵攻を容認するわけでもない。双方が体面を保ち、ギリギリで平和の均衡を保つための政策です。安易にこの均衡を崩す言動は、結果として地域全体の緊張を高めます。

 

 もちろん、中国側にまったく問題がないわけではありません。香港の自治の形骸化、新疆ウイグル自治区での人権状況、南シナ海での強硬姿勢など、国際社会の懸念は少なくありません。こうした動きは日本国内の危機感を高め、日本の軍備増強を正当化する材料にもなっています。日中双方で強硬派が「相手の強硬姿勢」を根拠にさらに立場を強める、という悪循環が生まれやすい状況があります。しかし、相手の問題点を指摘することと、緊張を無用に煽ることとはまったく別の行為です。相手の行動が問題だと考えるのであれば、こちらはなおさら冷静な判断力が求められます。

 

 私は、台湾情勢の緊張が高まる時こそ、立憲主義の価値が試されると考えています。憲法は国家権力を縛ると同時に、国民自身の感情的な暴走を抑えるための「自己拘束装置」でもあります。戦争の危険が増すほど、合理的で法的な思考が必要になります。

 

 日本は人口・資源ともに限られた国です。米中という核保有大国の間に位置する地政学的条件を踏まえれば、軍事衝突の最前線になることだけは絶対に避けなければなりません。万が一、米中が武力衝突したとしても、核保有国同士である以上、お互いの国土を戦場とする本格戦闘は避けるはずです。そのため戦場となるのは台湾、そして日本です。だからこそ、外交と国際法による平和維持が不可欠なのです。

 

 政治には危機を利用しようとする誘惑があります。先の高市発言も、安保三文書を前倒しで実現するために世論を味方につけたいという考え抜かれた意図があったのかもしれません。しかし、本来の政治とは「最悪の事態を避けるための知恵」を尽くす営みです。国際情勢が緊張する今、日本は立憲主義・平和主義という憲法の原点に立ち返り、抑止力に過度に依存するのではなく「どうすれば戦争を回避できるのか」を中心に据えた議論を重ねる必要があります。

 

 台湾問題は、単に一つの地域紛争のリスクというだけではなく、私たちが民主主義社会の構成員としてどのような判断をするのか、その姿勢が問われる問題でもあります。憲法を学ぶ者として、そして市民として、今こそ冷静さと知性が求められているのだと思います。