第364回 スパイ防止法と立憲主義

自民党と日本維新の会による新しい連立政権が発足しました。その政策合意書の中には、「インテリジェンス政策」という新しい言葉が記されています。国家情報局の設立や長官ポストの新設、さらには対外情報庁の創設など、日本のインテリジェンス体制を抜本的に強化しようという構想が掲げられています。加えて、スパイ防止法の制定や、情報要員の養成機関の設置も検討項目として挙げられています。
インテリジェンス活動は大きく「諜報(情報収集)」「防諜(情報防衛)」「非公然活動(秘密工作)」の三つに分かれます。諜報は他国の情報を探る「攻めの活動」、防諜は自国の情報を守る「守りの活動」です。スパイ防止法はこの防諜を支える法的基盤となります。非公然活動は世論操作や選挙介入、情報戦など現代の認知戦にもつながる分野ですが、要人暗殺などの真偽は藪の中の世界です。
これまで自民党はスパイ防止法などの防諜や秘密保護を一貫して主張してきました。維新の会も同様にアメリカのCIAのような組織の創設を提案し、国民民主党や参政党も同調しています。一方で、立憲民主党や公明党、共産党、社民党などは慎重、または反対の立場をとっています。しかし、賛成勢力が国会の過半数を超えている現状を考えると、法案が提出されれば短期間で成立する可能性もあるでしょう。
とはいえ、問題は単に「スパイ防止法をつくるかどうか」ではありません。それは、国家安全保障と市民的自由をどう両立させるかという、立憲主義の根幹にかかわる問題です。だからこそ、私たちは歴史を踏まえて冷静に考えなければなりません。
日本で最初に国家機密を法的に保護したのは、1911年の「軍機保護法」でした。当初は軍内部の機密漏洩を防ぐことを目的として軍人を対象としていましたが、1930年代に入ると、その適用範囲は一般国民にまで拡大します。1932年の改正では、軍港や飛行場の写真撮影、工場の観察までもが罪に問われるようになりました。報道や学問の自由は次第に萎縮し、国民の表現の自由が大きく制限されていったのです。社会主義や共産主義運動を抑制し、国家体制を維持するために制定された「治安維持法」も、当初の目的を超えて、思想・言論の弾圧に猛威を振るいました。
1938年には「国家総動員法」が制定され、経済も情報も国の統制下に置かれます。報道は検閲され、通信は監視され、「国家に不利な情報」を発すること自体が処罰の対象となりました。そうした制度の延長線上に、私たちは戦争への道をたどりました。特高警察や憲兵が市民を監視し、「戦争に負けるかもしれない」と口にするだけで罪に問われる――。それが、わずか80年余り前のこの国の姿でした。
戦後、こうした体制は日本国憲法の下で徹底的に否定されます。個人の思想・良心・言論・報道の自由を保障し、権力の暴走を防ぐための立憲主義を確立したのです。しかし、冷戦期に入ると「再び防諜体制を強化すべきだ」という議論が持ち上がります。
1952年には「破壊活動防止法」が成立し、国内の過激派対策が進められます。1954年に自衛隊が創設されると、日米相互防衛援助協定に基づく秘密保護法制が整備され、防衛秘密の管理体制が強化されました。1980年代にはソ連のスパイ事件(宮永スパイ事件)が発覚し、政府はスパイ防止法の必要性を再び検討します。しかし、自民党と統一教会系政治団体「国際勝共連合」とが連携して推進したスパイ防止法構想は報道機関・市民の反対にあい、成立には至りませんでした。それでも、スパイ防止法を求める声は途絶えることなく、形を変えながら現在まで続いています。
2013年には「特定秘密保護法」が制定されました。この法律で、国家の安全に関する情報を「特定秘密」と指定し、漏えいを厳罰に処する仕組みが導入されます。しかし、ここで守られたのは「秘密を保持する行政の側の論理」であり、国民の「知る権利」や報道の自由とのバランスは十分にとられているとは言えませんでした。
さらに2022年には「経済安全保障推進法」、2024年には「セキュリティ・クリアランス制度」が制定され、国家機密にアクセスする人を事前に調査・認証する仕組みが導入されます。こうして、日本の安全保障関連法制は次々と整備され、現在は「スパイ防止法」という最後のピースがはめ込まれようとしているわけです。
スパイ防止法を推進する側は、「日本には外国のスパイ活動を包括的に取り締まる法制度がない」と主張します。確かに、現行法では外国勢力による情報収集や浸透工作を直接取り締まることは難しい。そうした指摘には一理あります。
一方、反対派は表現・報道の自由の侵害や政府による情報統制の危険を懸念しています。確かに秘密の範囲が曖昧なまま運用されれば、政府に不都合な情報を隠す手段となり、戦前のように政府批判や反戦活動が抑圧されるおそれがあります。また、国家が「情報漏洩の疑いがある個人」や「外国との関係がある個人」を調査・監視する根拠にもなり得るため、プライバシーや思想の自由を侵す危険性があります。さらにSNS上の政府批判発言に対するネット民からの「スパイ認定」など、社会的排除や分断が進む懸念も払拭できません。
私たちがいま問わなければならないのは、「法がどのように運用されるのか」という点です。戦前の外見的立憲主義の時代とは異なり、私たちは人権と平和を守るために制定した日本国憲法を持っています。スパイ防止法を制定するとしても、その目的が国家の安全保障であるならばこそ、権力の濫用を防ぐ厳格な歯止めがなければなりません。「何が秘密なのか」「誰がスパイなのか」。その判断を行政が恣意的に行うことができるなら、政府にとって不都合な情報を「秘密」として隠すことも可能になってしまいます。外務省秘密電文事件(最判昭53.5.31)のように、違法秘密の取材が罪に問われた例は戦後もあるのです。
戦前の軍機保護法や治安維持法がそうであったように、国家の監視権限拡大により法の目的がいつの間にか転倒し、市民団体や労働組合への干渉や、国民を監視・抑圧する道具になってしまう――その危険を、私たちは忘れてはなりません。飲食店や不動産のチラシ配布は問題とされず、イラク戦争反対のビラ配布だけが狙い撃ちのように建造物侵入で摘発された立川反戦ビラ事件((最判平20.4.11)や、世田谷事件・堀越事件(最判平24.12.7)は決して遠い過去の問題ではありません。
確かに主要な民主主義国では、国家安全保障やスパイ活動への対処を目的とした法律が整備されています。ですが、同時に国家安全保障と市民的自由のバランスをとる多様な仕組みも設けられています。アメリカでは議会の情報特別委員会がCIAなどを監視し、特別な外国情報監視裁判所が通信傍受の令状を審査します。イギリスでは政府による通信傍受や監視に内務大臣などによる政治的承認と裁判官などの司法委員による司法的承認の二重承認を求め、独立監査官や議会の監視委員会が政府機関をチェックします。オーストラリアでも独立監視官制度や議会の監督委員会を設け、報道や公益目的の内部告発を免責としています。
私は、日本においてもスパイ防止法を議論するならば、「権力の監視体制」を整えることが立憲主義との調和の観点から不可欠だと考えます。
一つは、情報機関の活動を監査する独立した外部監視機関の設置です。活動の合法性や人権への配慮をチェックし、その結果を国会に報告する仕組みを設ける。市民からの苦情を受け付け、是正命令を出せる独立監察官制度も有効でしょう。また、国会内に超党派の常設監督委員会を置き、情報機関の予算や秘密指定の妥当性を監視する。そうした仕組みがあってこそ、民主的統制が機能します。
もう一つは、司法によるコントロールです。通信傍受などプライバシーに関わる手続きには裁判所の令状を義務づける。行政長官と裁判官の二重承認制度を導入することも考えられます。また、公益目的の内部告発や報道活動を免責とし、秘密指定の透明性を高めることも不可欠です。
さらに、被害を受けた市民が救済を求められる独立の人権救済機関や苦情処理制度も整備する必要があります。情報公開制度も強化し、秘密指定の件数や監査結果は定期的に公表する。研究や報道の自由が萎縮しないように、例外規定を設けることも重要です。
スパイ防止法が「国家の安全」を守るための法律であるなら、同時に「市民の自由」を守るための制度でもなければなりません。自由を犠牲にして安全を得ようとすれば、結局のところ、どちらも失うことになる。これは、歴史が私たちに教えた痛切な教訓です。
国家を守るとは、国民の自由と尊厳を守ることにほかなりません。だからこそ、立憲主義の観点から、権力に対して常に監視の目を向け続けることが、民主主義社会に生きる私たちの責任なのだと思います。
スパイ防止法をめぐる議論は、安全保障の議論であると同時に、私たちがどんな社会に生きたいのかを問う議論でもあります。法の名のもとに自由が脅かされることのないように、今こそ、立憲主義の原点に立ち返って考えるべきときなのではないでしょうか。
伊藤 真
司法試験・公務員試験対策の「伊藤塾」塾長・伊藤真の連載コーナーです。
メールマガジン「伊藤塾通信」で発信しています。
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