2023.07.01

第336回 後悔と不安に克つ

 試験直前になると、「講義の復習をしっかりしておけばよかった」、「もっと早くから過去問を解いておけばよかった」などとこれまでの自分の勉強方法を後悔する受験生が出てきます。中には、こんなに大変な試験ならそもそも始めなければよかったと後悔している人がいるかもしれません。

 後悔にはやってする後悔と、やらなくてする後悔があると言われます。どうせ後悔するなら、やって後悔した方がそこから得られることが多いように思います。私も伊藤塾でロースクールを立ち上げようとしたときに、「見えない力」によって(実は見えていましたが)阻止されて、大きな痛手を負いました。こんなに酷い目に合うのなら始めようとしなければよかったと強く後悔したものです。ですが、やってみてわかったこともたくさんありましたし、そこから学んで今の伊藤塾の進化につながったものもあります。もし何もしなかったら、得られるものもなかったはずですから、当時は後悔しましたが、今となっては、伊藤塾の欠かせない歴史の一コマとして貴重な経験になっています。

 

 人間は誰もが、過去の歴史を持っています。歴史の事実は変えられませんが、その事実の持つ意味を変えることはできます。ですから過去にとらわれることは意味がありません。過去の自分をめぐる出来事に感謝の気持ちを持つことは重要ですが、過去にとらわれて今を生きることの足かせにしてしまうのはとても残念なことです。

 

 私もあのときにこうしておけば、全く違った人生だっただろうなと考えることはあります。渉外事務所に就職していたらどうだっただろうか、修習同期が最高裁判事や検事総長になっている姿を見て、もし自分が裁判官、検察官になっていたらどんな人生だっただろうかと想像してみるのです。政治家にならないかという誘いもいくつもありましたし、グローバル企業からの社内弁護士への誘いは待遇も含めてとても魅力的でした。こうした別の道に進んでいたときに、思い通りにうまくいって出世した場面を考えてみるのですが、あまりワクワクしないのです。なぜか、今やっていること、これからやろうとすることを自由に考えることの方がワクワクするのです。やはり向き不向きや好き嫌いがあるようです。そして何よりもタイミングです。

 

 これまでいろいろと決断するタイミングがありました。そのタイミングで真剣に考えて決断してきたことの積み重ねで今があります。家族で生活していた西ドイツから日本に1人で帰ろうと決意した中学3年のとき、理系から文系に変わろうと決意した高校生のとき、外交官になるために東大に入ろうと決意したとき、司法試験の勉強をしようと決めたとき、受験指導をやろうと決めたとき、以前在籍していたLECを辞めようと決意したとき、渋谷で「伊藤真の司法試験塾」を始めようと決意したとき、酒を飲むのを止めて豆乳にしようと決めたとき、多額の借金をして校舎を建てようと決意したとき、日本一のロースクールを作ろうと決意したとき、そして今でも仕事だけでなく裁判においても日々そうした決断の連続です。

 

 人はこうして自ら決断して選び取った事実の積み重ねの上に生きています。だからこそ自分の人生に責任を持たなければなりませんが、自分の決断の結果である現在の生き方以外の選択をしていたら、今ごろどうなっていただろうかと考えることはほとんど意味がありません。無限に近い選択肢つまり可能性の中から自分が選び取ってきた道以外の可能性はそれこそ無限にあります。良い方向への可能性だけでなく、悪い方向へ進んだ可能性もあるでしょう。

 

 それをいちいちあのときこうすれば、こうなっていたかもしれないと思い煩うことは時間の無駄以外の何ものでもないと思っています。自分の人生は、後悔したいようなこれまでの事実の積み重ねによって出来上がっています。ですから、その一つ一つの事実をどう評価するかによって、自分の過去の意味づけが全く異なってきます。そしてそのように意味づけした事実の積み重ねが今を創っているのですから、今を生きるときに過去をうまく活かすことはできるはずなのです。これまで自分の身に降りかかったすべての出来事に感謝の気持ちがあれば、今を後悔せずに懸命に生きることができます。

 

 未来は常に予測不可能ですから、未来をどうこう思い悩んでも意味がありません。とすると、過去を後悔しても意味がないし、未来を恐れても意味がない。何も生まれないこうした意味のないことはやめて、とにかく今を大切に懸命に生きることだと自分にも言い聞かせています。

 

 言い聞かせるという言い方をしたのは、やはり今でも将来を考えると不安な気持ちになることがあるからです。不安になる度に自分の弱さを感じつつ、いつも皆さんに言っているように、不安は現実ではないのだから大丈夫と自分に言い聞かせています。

 

 不安は、頭の中で勝手に考えて作り上げた妄想に過ぎないのですから、それに振り回されることは無駄なことです。特に試験直前は、今、自分にできることと、できないことを区別した上で、今の自分にできることに集中することが重要です。問題を少し解いてみたり、答案を書いたりするなどして、手や体を動かして目の前のやるべきことに専念すると不安を感じる暇をなくすことができます。

 

 過去への後悔も未来への不安も、自分で勝手に思い描いているだけですから、そんなものに振り回されるのは意味のないことです。何が起こるわからないことは確かに不安ですが、それは何が起こるかわからないワクワク感の源にもなるはずです。不安をネガティブに悲観的に考えるのではなく、どうなるかわからないからこその楽しさだと楽観的に考えるのです。悲観は感情ですが、楽観は意思です。どんな問題が出るかわからないことは楽しみだと思うことです。

 

 それでも不安で緊張してしまうときは、深呼吸してください。そして、「大丈夫、上手くいくことになっている」と自分のこれまでを信じて開き直ることです。自分にどのようなことが起ころうと、それは自分にとって意味のあることですから心配いりません。何よりも頑張ってきた自分自身を信じてあげることです。

 

 試験本番では思ってもみない出来事が起こることがあります。全く予想外の見たこともない問題が出るかもしれません。時計が止まってしまい時間を間違えるかもしれません。想定外の事態が起こったときに、パニックに陥るか冷静に対処できるかは自分次第です。これまでやってきたことに自信を持っていれば、必ず対処できるはずです。

 

 私が本試験を受けたとき、問題文を読み間違えて試験終了直前に気付いたことがあります。そのとき頭が真っ白になり、自分が何をどうしたか、どのように答案を修正したか全く覚えていません。しかし、それでもそれなりの成績で合格できていたということは、なんとかリカバーできたということです。ちゃんと身体が応えてくれていたのです。自分の意識とは別に、ビルの住み込み夜警をしながら努力した日々が、私の身体に何かをしみこませ、覚え込ませ、緊急事態に対処できるような自分に創り上げてくれていたのです。

 

 誰もが、これまで努力してきた自分を知っているはずです。そこに自信を持っていれば大丈夫です。想定外のことが起こることは想定しながら、何があっても上手くいくと自分を信じて下さい。過去への後悔も未来への不安も無用です。

 「やればできる、必ずできる。」そして、「何があろうと、最後まで絶対に諦めない」ことだけ自分に言い聞かせて、安心して本試験を迎えて下さい。