第338回 原発汚染水

福島第一原発事故汚染水の海洋放出を巡って、日本国内でも賛否が分かれています。風評被害を憂慮する声が高まっているだけでなく、中国による日本産食品の輸入規制や日本製品ボイコット、中国本土から日本への迷惑電話など実害も生じています。この汚染水海洋放出に反対することが、あたかも風評被害を広めて福島の皆さんたちの生活を脅かしているかのような言動を拡散する著名人もいるようです。この汚染水処理の問題は、原子力政策そのものに対する賛否も影響して論点も多岐にわたりますが、法律家に必要な分析力や考える力の素材になると思うので、議論する訓練のひとつとしてこの雑感でも取り上げることにしました。
まず論点を整理しなければなりません。前提としていつも指摘するように客観的危険性と主観的不安を区別する必要があります。その上で、風評被害についても日本国内における福島産魚介類など食品などについての買い控え問題と、中国への輸出が出来なくなったことによる対中国貿易による損害の問題とを区別する必要があります。海洋放出が原因で損害が生じた場合の賠償・補償問題がありますが、今回は取り上げません。そして、中国政府による日本産食品輸入規制の問題と中国人による迷惑電話の問題とも区別しながら冷静に検討する必要があります。
迷惑電話の問題は、沈静化の動きもあるようですが、日本国内のホテル、飲食店などに実害も出ていて法的にも無視できない問題です。14億人もいる中国人のうちの一部が政府のプロパガンダに乗せられて嫌がらせ電話をかけているとしても、また、単なるガス抜きとして面白がっている人によるものだとしても、到底許されることではありません。
これは日本刑法に抵触し犯罪になり得ることをしっかりと知ってもらうことが必要でしょう。威力業務妨害罪の構成要件に該当し、危険犯ですが予定された危険が現実化したのが日本国内である以上、構成要件の一部となっている結果が発生したと解されますから、属地主義(刑法1条1項)が適用されて日本刑法により処罰されます。「ばか、死ね」などの発言内容によっては脅迫罪、この電話で精神的に参ってしまったという場合は傷害罪も視野に入ります。いくら汚染水の海洋放出に不安を感じて日本に怒りの気持ちを持ったとしても、このような犯罪は許されません。
怒りを発散させるという点で、風評被害を招いているのは海洋放出を危険だと騒いでいる一部の政治家や環境活動家だという見立てもあるようです。「政府発表のデータでは科学的に安全とされているにもかかわらず、危険だと騒ぎ立てるから、風評被害が国内で広まって福島の水産物が避けられてしまい、価格も下がり、福島の皆さんがつらい思いをしているのだ」、「風評被害をまき散らしているのは、「危険だ、不安だ」と騒いでいる人たちだ」という指摘です。冷静な指摘ならまだしも、不安の声を上げている人に対して怒りを発散するべきではありません。
科学的に安全かどうかの議論はひとまず置いたとしても、これは怒りの矛先が間違っています。怒るべき相手は、不安や反対の声を上げている国民・市民ではなく、汚染水の海洋放出の原因を作った東電や国であるべきです。共に被害者である国民・市民の中で非難し合い、怒りをぶつけ合うことは建設的とはいえません。しかも中国の思うつぼです。
こうして日本国内を分断し、そのことによって国力を削ぐ手法は、現代の戦争における認知戦、情報戦の常套手段です。戦争はドンパチやるばかりが戦争ではありません。サイバー攻撃が典型例ですが、物理的なものではなく目に見えないところでの攻撃が効果的な場合が多々あります。情報操作や、様々なプロパガンダを流して相手国の戦意を削いだり、一体感を減退させたりすることで相手国の総合的な国力を低下させることも重要な作戦の一つです。日本はこの国民・市民の分断状態の誘発から脱する術を経験しておかなければ、万が一にも戦争になったときに、とても国民が一丸となって戦えるような「覚悟を持った」国とはいえません。
さて、今回の海洋放出については、もっと丁寧な議論の積み重ねがあるべきでした。納得はできなくとも理解を得ることはできたはずです。風評被害の根本は不安という主観的な感情にありますから、不安を完全に除去できなくても丁寧な説明と真摯な対応によって不安を低減させることはできるはずだからです。政府と東電は、8年前に「関係者の理解なしには(処理水の)いかなる処分も行わない」と福島県漁連に約束していました。しかし、今回、政府都合の結論ありきの手続によって、利害関係人が決定プロセスに参加することもなく、強引に実行されました。
これだけ賛否が分かれる問題について、相手の理解を求めたり、納得してもらうためには、主張と反論とが噛み合うように議論の共通の基盤を確認しなければなりません。そのためには言葉の使い方や概念の定義づけが重要です。たとえば、処理水というのか汚染水というのかでだいぶ印象は違います。そして何が争いのポイントかをお互いが理解し合うこと、どこで意見の違いがあるのかという点において合意できることがまず必要です。
さて、海洋放出されたものの危険性についてはどう考えたらよいのでしょうか。外国で稼働中の原発のトリチウム排出基準よりも今回の処理水はさらに厳しい基準をクリアーしていると胸を張ったとしても、原発の通常運転における冷却水と、事故で溶けて固まった核燃料に直接触れた放射能汚染水とは、まったく違うと反論されてしまいます。そもそも世界各国の核燃料再処理施設や原発からも海洋へ大量に放出されているトリチウムによる人や生態系へのリスク自体も十分に検証されていないようです。トリチウムの内部被爆による人体への影響について無視しているのではないかという批判にも決定的な反論はできていません。下水だって海洋放出しているではないかという人もいるようですが、食物連鎖による生物生態系で分解可能な汚水と、DNAを壊してしまう放射性物質とはその危険性の程度が全く異なります。
トリチウムを国際基準以下に薄めて放出しているから安全だといっても、ALPSという多核種除去設備によっても除去できない核物質は海洋に放出されます。それらも基準値を下回っているから安全だといってみても、どれだけ薄めてもトリチウムを含めて海洋放出される放射性物質の総量は変わりません。その地球環境への負荷、健康への影響、安全性は確認されていないし、排出される汚染水全体でどれほどの放射性物質が含まれているか明らかにされていないと批判されます。
そして、東電は処理水内のトリチウム以外の放射性物質は検出できないほど微量であると主張していたにもかかわらず、2018年に、ALPSでの処理後であるにもかかわらず、その処理水にセシウム137、ストロンチウム90、ヨウ素131などトリチウム以外の放射性物質が検出限界値を超えて発見されたことがあります。しかも、データが存在していたにもかかわらず、それを説明していませんでした。これによって東電、そして政府への信頼は損なわれ、懸念と不安は大きく増大しました。2011年の原発事故前の対応だけでなく、事故後の処理についても大きく信頼を損ねてきた経緯があります。結論ありきの進め方の問題だけでなく、東電・国が自ら、客観的安全性のみならず主観的不安の除去のハードルを上げてしまっているのです。
ちなみに政府は、IAEAが海洋放出を妥当な方策と認めたとしていますが、実際は、IAEAは海洋投棄の妥当性については「利益と不利益に関連するすべての配慮すべき事項を勘案した上で、海洋投棄の決定を正当化する責任は日本政府にある」と明言しています。ある意味では当然のことであり、IAEAが日本政府の決定に責任を持つはずもありません。なお、この「IAEAは責任を負わない」旨の記述部分は経産省のサイトに日本語では載せていないようです。そして言うまでもないことですが、IAEAは決して科学的な第三者評価機関ではなく、むしろ原発推進の先頭に立っている組織であることを知っておく必要があります。国際機関というと客観的な感じがしてしまいますが、必ずしも客観性が担保出来ているわけではありません。
その上、そもそもこの海洋放出が唯一の手段なのかにも疑問が投げかけられています。「多核種除去設備等処理水の取り扱いに関する小委員会」では処分方法として最終的に五つの方法が提示されました。その処分方法別の費用は34億~3976億円の幅があったのですが、最終的には最も安い費用で済む海洋放出に決定しました。他の方法は真剣に検討されたのでしょうか。敷地内や敷地の近くには7・8号機の建設予定地などタンクを立てる場所はたくさんあり、海洋放出以外にも大型タンクの増設や汚染水をモルタル固定化するなどの有効な代替案が検討されるべきでした。「より環境負荷の少ない他の選びうる手段」があるのに、費用だけで最も安易な方法を選択したのではないかということです。
これまで多くの原発訴訟を手がけてきた、いわきの広田次男弁護士、明日の法律家講座でも登壇していただいた河合弘之弁護士、海渡雄一弁護士など蒼々たるメンバーの弁護団が、処理汚染水の海洋放出を差し止めるための訴訟を提起します。そこでは、「この汚染水は東京電力による福島原発事故とその後の東電と国による地下水の建屋への流入を止めなかった無策によってこれだけ増えてしまった。これは、東電と国の責任で、汚染物質の発生者が最後まで管理すべき。」そして、「デブリの取り出しは、30年以上も先のこと。福島復興のための海洋放出という説明はまやかしである。いますぐにタンクの撤去を行う必要などない。放射性廃棄物の海洋への投棄は、ロンドン条約96年議定書によって全面的に禁止されている。海洋放出はこの議定書に違反する可能性がある。」と訴えています。これまで多くの原発訴訟を手がけ、現場の声を最も聞いてきた弁護士による法的観点からの指摘ですから、耳を傾けるべきと思います。
それにしても、中国政府による批判と理不尽に思われる対応は、科学的根拠とは別に、国家戦略として行われているものであることも理解しておかなければなりません。日本産水産物の全面的輸入禁止に踏み切った背景には、日米の中国経済包囲網を進めるバイデン政権に無批判に追随する日本政府への対抗という意味があると思われます。中国からすれば日本がアメリカと一体となって不当な「貿易における経済制裁」をしてきているので、それに対して「貿易における経済制裁」で報復しているというわかりやすい構造です。この点は、汚染水海洋放出の問題というよりも、台湾問題や安全保障ともかかわり、日本の外交手腕が問われる大きな枠組みで捉えなければならない問題です。
さて、結局どう考えたらいいのでしょうか。日弁連でも意見書(2022年1月20日)を発表していますが、私の考えは以下のとおりです。まず、放射性物質による汚染水であり単なる処理水ではないことは科学的に明白で、これによる環境負荷への影響や将来にわたる人類の健康被害については安全生が証明されていないと考えますから、予防事前配慮原則の観点から、これを海洋放出することには反対です。この予防事前配慮原則とは、「損害発生の危険が不確実であり、または原因と結果の因果関係が科学的知見によって確定されない場合においても、重大で不可逆的な損害が発生し得るときは、国家による介入を認める」というもので、水俣病関西訴訟に関する最高裁平成16年10月15日判決でも採用され国の責任が認められました。今回の海洋放出も損害の発生が不確実であったとしても国はそれを許してはならないと考えます。他の代替手段を検討するべきです。
しかし、その影響も何十年も先のことと考えますから、現在水揚げされた水産物を食べたところで、人体への影響は無視できるほどに微弱だと考えます。よって福島産の水産物を美味しく頂くことになんの躊躇もありません。もちろん個人の自由ですが、少なくとも東京など大都市圏の住民で原発の恩恵を受けてきた人々は積極的に福島産の水産物等を消費して、間接的ながら支援するべきではないかと思います。
そして中国との関係は、対米従属一辺倒から脱却して主権国家としての誇りを取り戻しながら、経済的にも共存共栄の道を探るしかありません。好き嫌いは別にして永久の隣人なのですから、合理的に考えるべきです。敵対することで得られるものは何もありません。
2011年にあれだけ甚大な事故を起こしてしまったのに、未だに原発依存から脱却できていません。事故処理や廃炉を含めて膨大なコストがかかるにも拘わらず、従来路線に戻ってしまう日本は、本当に何も変えることができない体質なのだとつくづく思います。戦争や企業の不祥事だけでなく過去に向き合って失敗から学ぶことが本当に苦手です。未来を考えれば、どこに予算や技術を投入するべきかは明白のように思うのですが、失われた30年以上の経済停滞と昨今の円安、物価高にも通底する日本の弱点が露呈しているようです。
皆さんと考えが違うかもしれません。それでも分析力や考える力を鍛えるためだけでなく、日本や地球の未来に関わることですから、ぜひそれぞれ考えてみて下さい。
伊藤 真
司法試験・公務員試験対策の「伊藤塾」塾長・伊藤真の連載コーナーです。
メールマガジン「伊藤塾通信」で発信しています。
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