第360回 緊張を力に

試験が近づくと、どうしても緊張や不安で勉強が手につかなくなるものです。では、日頃の勉強の成果を本番で十分に発揮するにはどうすればいいのでしょうか。スポーツ選手やアーティスト、実務家にとっても、大舞台での緊張をどうコントロールするかは重要な課題です。
緊張は決して悪いものではありません。適度な緊張はパフォーマンスを高める力になります。ですが、過剰な緊張は体をこわばらせ、頭が真っ白になり、実力を発揮できなくなります。逆にリラックスしすぎても集中が続きません。大切なのは「緊張とリラックスとの適度なバランス」を保つことです。
試験直前期は特に不安が高まります。「失敗したらどうしよう」「全く知らない問題が出たらどうしよう」「合格できなかったらどうしよう」など、理由はさまざまです。まずは不安をそのまま放置せず、自分がなぜ不安なのかを紙に書き出してみましょう。不安を言語化し、目に見える形にすることで心を整理できます。
そして、書き出した不安を一つひとつ見つめ直してみてください。それは「自分で対処できる不安」か、それとも「どうにもできない不安」なのかを区別します。対処可能なものならできる範囲で対応し、どうにもならないものは「手放す」覚悟を持つのです。
試験に対して過剰な意味付けをしてしまうことも不安を増幅させます。「この試験で人生が決まる」「落ちたらもう試験を受けられなくなるかもしれない」と考えてしまう人もいます。しかし、試験に落ちても世界は終わりません。徴兵されるわけでも命を取られるわけでもありません。試験は人生の中のほんの一コマです。「やれるだけのことはやった。後のことはなるようになる」と本試験とその結果をあえて突き放して相対化してみましょう。
これは試験を軽視するという意味ではありません。試験は大事ですが、それがすべてではないという事実を今一度思い出すことが大切なのです。紙に気持ちを書き出して「試験を過度に重視する自分」から一歩離れてみることで、心が軽くなります。最終的には「必ずうまくいく、焦る必要はない」と自分に言い聞かせてください。これは良い意味での「開き直り」です。
勉強では完璧主義は大敵です。特に法律を学ぶと「べき論」に囚われがちですが、自分の人生は「こうあるべきだ」「こうでなければならない」と、義務を重視して考える必要はありません。結果において完璧である必要はなく、学びの過程においてベストを尽くせばそれで十分です。
本番が近づくと、自分の足りないところばかりが気になってきます。「もっと勉強できたはずだ」「予定の半分しか終わっていない」などといった焦りが出ます。しかし、やれなかったことではなく、これまでやってきたことを思い出しましょう。講義を受け、テキストを読み、問題を解いてきた日々を振り返り、自分の成長を正しく評価してください。完璧には程遠いとしても、勉強を始めた頃の自分とは大きく変わって成長しているはずです。
試験を「失敗したら終わり」と考えると体がこわばり、呼吸も浅くなります。失敗を怖がるのは本当にもったいないことです。失敗は成長のための貴重な機会です。人間は不完全な存在で、日々失敗から学んで前進します。失敗を「避けるもの」ではなく「学ぶ機会」と捉えましょう。成長のために必要なことが日々起きている、そう気持ちを切り替えることが大切です。
私自身もたくさん失敗をしてきました。初めて司法試験を受けたとき、周りの友人は短答式試験で合格しているのに自分だけ落ちてしまい、とても辛い思いをしました。しかし、その失敗があったからこそ今の自分があります。人間は死ぬまで不完全です。だからこそ少しでも成長することが大切なのです。完璧を目指すのではなく、最善を尽くすことを目指しましょう。
緊張しているときは、セルフレクチャーと同じように、セルフトークも有効です。自分の心の声を意識して、ポジティブな言葉を声に出してみてください。私は50年以上「やればできる、必ずできる」と自分に言い続けてきました。受験生にも「絶対合格できる」「合格おめでとう」という言葉を紙に書いて机の前に貼るよう勧めてきました。最近はスマホの待ち受け画面にするのも良い方法です。
ネガティブな言葉は極力口にせず、ポジティブなセルフトークに徹してください。もし頭の中でネガティブな言葉が浮かんだら、それをあえて声に出し、「今そう思い込んでいるだけだ」と付け加えます。不安なら「今年も失敗するかもしれない」と言った後に「今そう思っているだけ」と続けることで、ポジティブワードに変換できます。
「自信がないと思い込んでいるだけだ」「大丈夫。失敗も成功も自分にとっては等価値だ」と声に出しましょう。実際に声に出して耳で聞くことで、より効果が高まります。「法律の勉強が好きだ。本試験を受けられるのが楽しみだ」「リラックスして落ち着いていて自信がある」といった言葉を毎日唱えましょう。試験当日に問題をスムーズに解く自分の姿をイメージしながら唱えるとより効果的です。
試験前日であっても、不安が募ったときは、あえて心の声を紙に書き出してみてください。手を動かして書くことで頭を空っぽにできます。これは瞑想に似た効果があるようです。私自身、論文試験前日にメモ用紙いっぱいに不安を書き出して自分を落ち着かせた経験があります。
試験前のシミュレーションも大切です。朝何時に起きて何を食べ、何時に家を出るか、試験会場へのルートや持ち物をリスト化しておきましょう。またイメージトレーニングは特に有効です。試験会場に到着し、落ち着いて問題を解いている自分をイメージします。難しい問題にぶつかっても冷静に飛ばし、時間内にすべての問題に目を通せた自分を想像します。テキパキと1問1問に冷静に向き合いながら問題を解き、頭が真っ白になりそうなときもパニックにならずに立ち直るところまでイメージすることが大切です。
毎日朝晩イメージトレーニングを繰り返せば、本番前に何度も「本試験を経験」できます。例えば5日前でも10回、2週間前から始めれば28回分のシミュレーションで本番を経験したことになり、それだけ場慣れしていることになります。これが大きな自信と強みにならないわけがありません。
試験では想定外のことが起きる場合があります。電車の遅延や会場の空調など、事前に想定して準備しておけるものは対処しておきます。他方で自分ではどうしようもない緊急事態が起こり得るのもまた現実です。そんなときには柔軟にやり過ごす。そして最後は「なるようにしかならない」という良い意味の開き直りはここでも大切です。コントロール不能なことは自分の意思で手放すことで楽になるのです。
前日はエネルギーを温存しましょう。眠れなくても大丈夫。体調が多少悪くても気にしないことです。会場へ向かう途中で、道端の花や空の色に目を向けてリラックスするのもおすすめです。元気が出る好きな音楽を聴いても良いでしょう。
試験会場で緊張したら、笑顔を作って深呼吸しましょう。作り笑いでも脳が活性化し、ネガティブな感情を抑えられます。深呼吸は副交感神経を優位にしリラックスを促します。息を吐き切り、鼻からゆっくり吸って、少し止め、ゆっくり吐き出す。これを数回繰り返しましょう。
逆に気合いを入れたいときは、フッ、フッ、フッ、フッと息を短く吐く呼吸法や、その場で軽くジャンプするのも良い方法です。ストレッチなどで体を動かすと、脳が刺激されパフォーマンスが向上します。「やればできる、必ずできる」とセルフトークで自分を励まし、最後に「よし」と声に出して気合いを入れましょう。
どんな想定外が起きても乗り越えられます。試験は成長するための素晴らしい機会です。法律を学べること、本試験を受けられることに感謝して挑んでください。法律を学ぶ私たちは憲法で「個人の尊重」を学びました。まずは自分自身の価値を認め、自分を大切にしてください。そして試験に挑戦できること自体をありがたいと感じ、本番を「楽しむ」気持ちで臨みましょう。楽しめれば自然に集中力が高まり、最高のパフォーマンスを発揮できるはずです。大丈夫、緊張は力になります。堂々と挑戦してきてください。
伊藤 真
司法試験・公務員試験対策の「伊藤塾」塾長・伊藤真の連載コーナーです。
メールマガジン「伊藤塾通信」で発信しています。
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