2025.08.01

第361回 異質な他者との共存

参政党の新日本憲法が憲法学者の間でも話題になっています。起草者によると創憲案とのことですが、現行憲法96条の手続を経なければ憲法としての正統性は与えられませんので、法的には改憲案という位置づけになります。この改憲案と現行憲法との違いを確認することで、日本国憲法の本質をより明確に知ることができます。

 

私がこの改憲案を見たときの第一印象は、天皇を中心とした日本人ファースト同好会のメンバー規約のようだというものでした。仲間内で仲良く過ごすにはとても良いルールとなっているように見えます。しかし、仲間に入れない異質な他者の存在や、自分が他者として排除されるかもしれないという危機感はまったく感じられず、無邪気に仲良し同好会のサークルメンバーシップの規約となっているように思えました。

 

皆が同じように天皇を中心とした国家観を持ち、日本人ファーストを共有できる人たちだけで生活するのであればこの憲法で良いのでしょうが、現実の社会では、異なる世界観や価値観を持つ人々(他者)と共存しなければなりません。

 

そもそも人類は、異質な他者と共存する方法として立憲主義を生み出しました。社会の中の異端や異質なものを認めないと、中世の魔女狩りや宗教戦争に代表されるように、相手を殲滅するまで殺し合いが続いてしまいます。そこでお互いに違いを認め合い、信教の自由を保障し、人々の内面の精神活動に国は介入しないとし、私的領域と公的領域とを区別する立憲主義に基づく憲法が誕生しました。

 

私はこれまで、日本国憲法は個人の尊重を基本的原理とし、異質な他者との共存をめざす立憲主義憲法であると訴えてきました。参政党の改憲案は、この立憲主義と相容れない点で、近代憲法として評価することはできません。

 

内容的には、教育の多様性や自然が命の源であることを規定する点など、個人的には共感できる部分もあります。しかし、天皇を中心とした国家観という価値観の違いはさておき、異質な他者との共存を認めようとしない姿勢には賛同できません。

 

この参政党の改憲案には平等条項がありません。ここで想定される国民は、皆等しく天皇を敬い、同じ価値観を共有できる同質的な国民であるため、平等という概念自体が不要とされているようです。人は皆違う個人として尊重される(憲法13条)からこそ、法の下の平等(同14条)が必要とされるのです。この改憲案では思想良心の自由や信教の自由も保障されていません。そもそも一人ひとり違った人間として尊重する「基本的人権」という概念自体が登場しません。

 

同質的で均質な日本人、天皇を敬い日本の歴史や古典、教育勅語や修身を学んだ均質な日本人のみを想定しているからです。そのような均質な日本で、日本人として認定されるためには、父母が日本人であり、日本語を母国語とし、日本を大切にする心を持つことが必要とされます(改憲案5条)。この「日本を大切にする心」を誰がどのように判断するのかは不明です。その判断次第では、自分が非国民と認定されてしまう危険があります。時の政府から「日本を大切にしていない」と認定され、天皇を敬う日本人サークルに入れない人は、日本人ファーストとして尊重される対象から排除されることになるのです。

 

異質な他者との共存という立憲主義の理念を理解するためには、想像力が不可欠です。ここで必要な想像力とは、この改憲案が実現した場合に何が起こるのかを想像する力です。

 

たとえば、我が子の健康を考え、遺伝子組み換え食品や、食品添加物、コロナ・ワクチンの危険性を訴える参政党を支持した母親たちは、参政党憲法の下で、天皇を敬い教育勅語を教え込まれ、国を守る義務を課された我が子が、軍隊を持ち徴兵制を否定できない日本で、武器を持って戦わされる可能性を想像しているでしょうか。この改憲案の価値観に賛同できず排除される他者が存在すること、その人たちの気持ちを想像しているでしょうか。そして、自分や大切な人がいつ何時他者として排除されるかもしれないという可能性を想像したことがあるでしょうか。

 

国家が自分にとっての「他者」として存在し、その権力を制限するために憲法が必要であるという認識がなければ、自分の自由が不当に侵害される危険性に気づくことはできません。国家権力、特に警察権力や軍隊が常に自分たちを守ってくれる存在だという認識だけでは、国家権力を制限する規範としての憲法の意義を理解するのは難しいのです。

 

天皇と一体化した国民、常に国民のことを考えてくれる政治家ばかりの国家を想定していると、そのような君民一体の立派な国家を制限しようという発想自体が生まれにくいのかもしれません。

 

しかし、現実には、どんなにすばらしい君主や為政者であっても人間である以上、間違いを犯すことがあります。どんなに理想的な国家であっても、人間が運営する組織である以上、過ちを避けることはできません。だからこそ、「自分たちは間違っているかもしれない」という謙虚さ、無謬性から距離を置く姿勢が必要なのです。

 

個人の人権保障という観点から、異質な他者の存在を認め、多様な一人ひとりの個性や価値観、生き方を保障することは極めて重要です。それのみならず、国家の発展という観点から見ても、異質な他者の存在を認め、多様性を確保した社会の方が、より健全で、むしろ成長し発展すると考えられます。

 

2025年のジェンダーギャップ指数は昨年と同じく118位/148カ国中で、G7では最下位でした。日本が経済成長を本気で目指すのであれば、選択的夫婦別姓の導入も避けて通れないはずです。それを否定しながら、日本が世界の中で再び自信を取り戻せるのかは疑問です。

 

同質的な価値観を持つ日本民族だけの集団では、外見的には強固であっても、実際にはポキンと折れてしまうもろさを感じます。それに対して、多様性に満ちた社会には、柔軟でしなやかな強さがあり、何かあったときの復元力、いわゆるレジリエンスがあると感じます。日本は昔から、中国、朝鮮、ポルトガルなど諸外国から多様な文化や技術を取り入れ、欧米の外国人技術者を含む多様な人材の協力を得て今日まで発展してきました。今後も外国人との共存なくして、この小さな島国が立ち行かないことは明らかです。

 

日本の立憲主義は、こうした異質な他者との共存という近代立憲主義諸国と共通の本質を持つと同時に、あらゆる戦争を否定するという日本固有の立憲主義を採用しています。それは、多大な加害と被害をもたらした過酷な戦争を経たからこそ、国家レベルでも異質な他者との共存を目指すに至ったものといえます。日本と価値観の異なる国に対して、武力によって国益を押し通すのではなく、対話による共存の道を選んだのです。

 

今年は日本の敗戦から80年となり、戦争を知らない世代が圧倒的多数となりました。このまま戦争を知らない世代が増え続けることを願っていますが、戦争の歴史を振り返ることは、日本国憲法の立憲主義を理解する前提として重要です。

 

アジア・太平洋戦争(1931年~1945年)は、1931年の満州事変に始まり、1937年の日中戦争で本格化し、1941年の真珠湾攻撃を経て、アメリカやイギリスなどの連合国と対立する形で展開されました。日本政府はこの戦争を「大東亜戦争」と呼び、アジアの解放を掲げましたが、実際には日本はアジア各地で侵略と占領を行い、多くの加害行為を引き起こしてアジアの人々に多大な悲劇をもたらしました。

 

日本軍は、中国や東南アジアの国々に対して無差別な攻撃や占領を行い、数百万の民間人が犠牲となります。特に南京大虐殺では、数十万人の中国人が殺害され、女性に対する性的暴力も広範囲にわたって行われました。また、日本は戦争遂行のために占領地の住民を強制労働に従事させたり、慰安婦制度を設けたりするなど、多岐にわたる加害行為を行いました。

 

一方で、アジア・太平洋戦争の末期においては、日本も多くの犠牲を出します。日本国内の死者数は約310万人(うち軍人230万人、民間人80万人)とされており、戦死した兵士のうち6割は、栄養失調による餓死、あるいは体力の消耗による感染症(マラリアなど)によって命を落とした「広義の餓死者」であったと推定されています。さらに、戦局が悪化する中で行われた特攻作戦では、約6,000人もの若者が命を落としました。

 

戦争の後半には連合国による空襲が日本本土に甚大な被害をもたらします。特に1945年3月10日の東京大空襲をはじめとして、全国66の都市が空襲を受け、約40万人の市民が犠牲となりました。これらの空襲によって都市のインフラが徹底的に破壊され、人々の生活は一変しました。

 

1945年6月23日までの約3か月間にわたって行われた沖縄戦では、沖縄県民の死者数が軍人・軍属、民間人を合わせて12万人以上、場合によっては15万人に達すると推定されています。県外に疎開せず沖縄に残っていた方々の約3分の1が戦争で命を落としたことになり、死者数においては民間人が軍人を上回っていたことも明らかとなっています。この沖縄戦は、戦局が悪化する中で日本本土を守るための時間稼ぎ、すなわち沖縄を「捨て石」とする戦略を採った結果、多大な人的被害をもたらしたものといえます。

 

アメリカは、日本が無条件降伏を受け入れない姿勢を続けていたことを理由に、戦争を早期に終結させる必要があるという名目で、広島と長崎に原子爆弾を投下しました。広島に投下された原爆(1945年8月6日)による死者数は、1945年末までに約14万人と推定されています。当時、広島市には約35万人が居住しており、爆心地から1.2キロメートル以内では即日で50%以上が死亡したとされています。さらに、広島市の原爆死没者名簿には、2024年8月6日時点で344,306名が記載されており、原爆投下後も長期にわたって健康被害を受け続けてきたことがわかります。

 

また、長崎に投下された原爆(1945年8月9日)による死者数は約7万人前後とされていますが、長崎市の原爆死没者名簿には2024年8月9日現在で198,785名が記載されています。これは、被爆による後遺症で亡くなる方が年々増えていることを意味しています。核兵器が非人道的で、決して許されない兵器であることは明らかです。このような筆舌に尽くしがたい被爆体験を経て制定されたのが「日本国憲法」なのです。

 

この日本国憲法が定めている平和主義は、かつて19世紀のヨーロッパにおいて当然とされていた「戦争は主権国家の自由である」との前提に基づく軍事同盟政策とは、完全に決別したものといえます。樋口陽一東京大学名誉教授は、「国連憲章が最終的には武力による平和という考え方のうえに立脚していたのに対し、8月6日(広島)と8月9日(長崎)という日付をはさんだあとの1946年日本国憲法にとっては、『正しい戦争』を遂行する武力によって確保される平和、という考え方をもはやうけ入れることができなかったのだ」と指摘されています。

 

戦前の日本らしさは万世一系の天皇を中心とした神国日本という点にあり、天皇制が基軸でした。戦後は憲法9条を持つ、自由で戦争をしない平和国家を基軸として発展してきました。それが最近では、欧米の極右と同じような偏狭なナショナリズムを基軸とする国家、しかも戦争を肯定する国に変貌しようとしているように感じられます。果たしてそれでいいのかが、今まさに問われています。

 

戦争を考えることが多くなる8月だからこそ、今一度、日本国憲法の立憲主義の意義について考えてみることには大きな意味があると感じています。