第362回 自衛官の人権

先月も集中豪雨などで全国に大きな被害がありました。1923年9月1日に関東大震災を経験した日本では、9月は防災を考える時期でもあります。日本は地震、台風、豪雨、火山噴火など、世界的に見ても自然災害が多発する国です。そのため、災害発生時には迅速かつ組織的な対応が求められます。その中で大きな役割を果たしているのが自衛隊の災害派遣です。
自衛隊法第83条に基づき、都道府県知事などの要請を受けて行われる災害派遣では、行方不明者の捜索、孤立地域への物資輸送、負傷者搬送など、人命救助活動が中心となります。阪神・淡路大震災や東日本大震災では数万人規模の自衛隊員が派遣され、被災地で重要な役割を担いました。自衛隊の高い機動力や装備は災害時に極めて有効です。
しかし忘れてはならないのは、自衛隊は本来「我が国を防衛すること」(自衛隊法第3条)を使命とする組織であり、災害救助はその付随任務にすぎないという点です。災害救助に投入されるのは、国家の安全保障のために保持されている組織を緊急時に「転用」しているにすぎません。
この点について、栗栖弘臣元統幕議長も著書『日本国防軍を創設せよ』で次のように指摘しています。
「今でも自衛隊は国民の生命、財産を守るものだと誤解している人が多い。政治家やマスコミも往々にしてこの言葉を使う。しかし、国民の生命、身体、財産を守るのは警察の使命(警察法)であって、武装集団たる自衛隊の任務ではない。自衛隊は『国の独立と平和を守る』(自衛隊法)のである。」
近年、テレビのバラエティー番組などで、自衛隊の装備品や実弾射撃演習を有名タレントが「迫力がある」「かっこいい」と紹介する場面を目にします。確かに映像としては迫力があり、普段知る機会の少ない自衛隊の一面を紹介する効果もあります。しかし、このような演出にはいくつかの問題点があると感じます。
第一に、装備品として紹介される「武器」の本質が見えにくくなることです。銃や戦車、ミサイルといった装備は、もともと人を殺傷するために作られた兵器です。世界各地の戦争や紛争では、こうした兵器によって多くの命が奪われています。ところがテレビでは「かっこいい」側面だけが強調され、破壊性や残酷さは語られません。そのため、視聴者が本来の現実を意識しにくくなってしまう恐れがあります。
第二に、自衛官募集との関係です。少子化や労働環境の問題から自衛官不足が深刻化しているといわれています。その中で装備や訓練をポジティブに紹介することは、間接的に入隊への関心を高める狙いがあると考えられます。しかし、武器を「憧れの対象」として見せることで若者の入隊動機を喚起するのは、一面的な情報提供にとどまります。自衛官の仕事には人命救助や災害派遣といった尊い側面もありますが、同時に危険や重い責任も伴います。武力行使を行う自衛官は、国際法上、「戦闘員」(ジュネ-ブ条約第一追加議定書44条3)=兵士とされ、国際交戦法規が全面的に適用されます。
この戦闘員たる自衛官の職務の本質は何か。それは、軍隊の武力行使にあたり「自らの命を賭けて相手をせん滅(殺傷)せよ」という賭命義務にあります(杉村敏正(法律学全集『防衛法』)。すなわち、自衛官に自己の生命を国家のために犠牲にしてでも戦うよう命じることができ、これが自己の生命を犠牲にする義務まではない警察官など公安職との本質的な違いとされます。その現実を十分に伝えず「かっこいい」というイメージだけを広めるのは適切ではありません。
戦争や紛争に関わった兵士が精神的に深く傷つくことは、歴史上繰り返されてきました。アメリカ軍では、新兵を「人を殺せる人間」に鍛える訓練が重視されています。これは第二次世界大戦で多くの兵士が敵に発砲できなかったという教訓を受け、殺人への心理的障壁を取り除く教育が徹底されたためです。
しかし現実に送り出された兵士を待っていたのは想定外の苦しみでした。イラクやアフガニスタンに派遣された約300万人の米兵のうち、戦死者は7,000人余りですが、帰還兵の自殺者はその4倍を超える3万人以上と報告されています。さらにPTSDやうつ病に苦しむ元兵士は60万人を上回り、多くが「命を絶つ以外に逃げ道はなかった」と語っています。戦場は兵士を「人を殺せる存在」に変えますが、帰還後もその苦悩から逃れられず、戦死者を大きく上回る自殺者を生んでいるのです。
旧日本軍も例外ではありません。戦場で極度の緊張や恐怖にさらされた兵士の中には、いわゆる戦争神経症に苦しむ者が多数存在しました。しかし当時の軍は精神的不調を弱さや非国民的態度とみなし、公式には存在を否定しました。そのため、十分な治療を受けられずに追い込まれた兵士も少なくありません。
この問題は過去のものではありません。自衛隊がイラク復興支援に派遣された際、そこでの経験が原因とみられる自衛官の自殺が複数報告されました。自衛官の自殺率は同年代の一般国民より高い水準にあると指摘されています。つまり、自衛官という職務の特殊性が精神的負担を強めていることは疑いようがありません。
自衛官は平時には災害派遣、有事には命の危険を伴う任務に従事します。緊張や責任の重さは想像以上に大きいでしょう。海外派遣では文化や言語の違う環境に長期間置かれ、孤立感や強いストレスを抱えることもあります。こうした状況は心の健康を損なう要因となりやすいのです。
しかし日本では、自衛官のメンタルヘルスに対する理解や制度が十分とはいえません。自衛官は秘密保持義務や厳格な規律の中にあるため、心の不調を周囲に打ち明けにくい傾向があります。「弱音を吐いてはいけない」という空気が問題を隠してしまうのです。さらに、専門カウンセラーや精神科医に相談できる機会も限られ、支援体制は十分とはいえません。
防衛省や自衛隊もストレスチェック制度や相談窓口の設置などを進めてきました。しかし「心のケアより任務が優先される」という意識は依然強く、実効性が乏しいのが現状です。精神的な問題を抱えた隊員が早期に相談できず、症状を悪化させてしまう例も少なくないと思われます。
今後必要なのは、心の問題を「弱さ」とみなさない文化を根づかせることです。精神的不調は誰にでも起こり得る自然な反応であり、専門的ケアを受けることは恥ではなく、むしろ健全な職務遂行の前提であるという意識改革が求められます。さらに、外部専門家と連携し、匿名性を確保した相談体制を整備することも重要です。これは、自衛隊員という特殊な任務に従事する人々の人権を社会全体でどう守るかという問題に直結します。
先に述べたように、自衛官は国の安全や災害時の人命救助という使命を担う一方で、一般国民とは異なる人権制約を受けています。まず、自衛隊法第52条には「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に努め」と規定されており、先に述べたいわゆる「賭命義務」が課されます。一般の国家公務員にはない自衛官特有の服務義務です。
また、自衛隊法第61条は、隊員は「政令で定める政治的行為をしてはならない」と規定し、選挙運動などの政治活動を制限しています。国民でありながら政治的意見表明に制約を受ける点は、文民統制と人権とのバランスを考えさせられるところです。
さらに、自衛官の処遇も課題です。自衛隊法第54条には「隊員は、何時でも職務に従事することのできる態勢になければならない。」とあり、隊員は、定められた勤務時間外でも必要とされるときは勤務に服さなければなりません。災害派遣では休息が十分に取れない場合もあります。近年の自然災害対応で長時間連続して活動する自衛官の姿は記憶に新しいですが、その裏で心身の疲労が蓄積していることを忘れてはなりません。
人権は国家や組織に属していても失われるものではありません。自衛官は「国民を守るために自らの権利の一部を制約されている存在」であり、その見返りとして社会が最大限の配慮と支援を行うことが必要です。政治活動の自由や表現の自由を制限する以上、精神衛生の充実や労働環境の改善といった形で人権保障を具体化していかなければなりません。
日本の自衛官には団結権などの労働基本権が認められていませんが、スウェーデンをはじめ北欧諸国では軍人の労働組合加入が認められ、待遇改善を求める権利が保障されています。
災害派遣で頼もしい姿を見せる自衛官を「使命感あふれる存在」と称賛したり、高性能の武器を操作する姿を「かっこいい」と紹介したりするだけでは不十分です。彼らもまた一人の人間であり、心身の健康や生活の安定が守られなければなりません。自衛官の心の健康を守ることは個人の幸福にとどまらず、組織全体の持続可能性や国の安全保障にとっても不可欠です。
日本は憲法9条の下で、戦争という最大の人権侵害を回避し、自衛官の命を守ってきました。今後もその道を歩みつつ、旧日本軍時代の教訓を忘れず、同じ過ちを繰り返さないためにも、自衛官の精神衛生や人権に真剣に向き合うべき時期に来ています。自衛官の人権保障を自衛隊法に即して点検し、時代に合った改善を重ねていくことが、社会全体の責任であると考えます。
伊藤 真
司法試験・公務員試験対策の「伊藤塾」塾長・伊藤真の連載コーナーです。
メールマガジン「伊藤塾通信」で発信しています。
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